2010年8月25日

『幸せな経済自由人という生き方 ライフスタイル編』 本田 健 (著)



何となく共感できないところも少なくない本でしたが、いくつか印象に残る部分もありましたのでメモしておきます。

どれだけお金持ちになっても、お金のことをあれこれ心配したり、考えなくてはいけないようでは、経済的に自由とは言えないでしょう。
これは相当ハードルが高い目標ですね。私には越えられそうにありません。
このような意味の「経済的自由」が手に入るなら、確かに幸福度が大幅に向上するとは思うのですが、何かを失うリスクを取ってまで無理に目指すものでもないかなと思います。

 今、十分な資産や収入がないと感じているのなら、それは、あなたのお金を稼ぐ金額が少なかったか、お金を使いすぎたかのどちらかです。
同意します。
身の丈に合ったお金の使い方をしましょう。

 自分が死ぬときに、「ああ、もっと仕事をして、お金を儲けておけばよかったな」と後悔する人は、稀でしょう。それよりも、「ああ、仕事ばかりしていないで、もっと、家族と一緒にいたり、楽しいことをやればよかった」と思う方が多いのではないでしょうか。
できればどちらの後悔もしたくないので、どのタイミングでリタイアするかは難しい判断になるわけですね。

 朝の5分、10分をどう使うかをいくら考えても、人生全体でたくさんの時間を生み出すことはできません。私から見ると、朝の5分、10分をどう使うかを考えないといけない生き方について見直すことの方が、よほど大事だと思います。
同感です。

ただ、どんなに楽しいことでも、「~するべき」という義務になったとたん、楽しくなくなってしまいます。
完全に同意します。
どこかで見たような表現だと思ったら、私もほぼ同じことを書いていましたね。
『空気を読むな、本を読め。 小飼弾の頭が強くなる読書法』
私も学生時代に面白いと思っていたことを仕事に選んだつもりでしたが、それが「義務」になったとたんにつまらないものに変わるという経験をしました。
これほど同じ感性の持ち主がいることに驚きました。

 喜んで自発的にやるのか、義務でやることを期待されているのかでは、天と地ほどに違ってきます。逆に言うと、義務だと感じていることを手放していくと、より自由になれます。
はい。
私は「経済的自由」よりもまず、こちらの意味の自由を追求しています。

今、テレビの影響力はだいぶ少なくなったでしょうが、パーソナルメディアに振り回されている人はたくさんいます。それでは、朝起きてから、夜寝るまで、あたかも、自分の人生を不特定多数の人に公開するために生きているような感じになります。
(中略)
自分と、メディアとの境界線を大事にしましょう。
パーソナルメディアとは、この文脈ではブログやツイッターなどを指していると思われます。
知らないうちにこういったメディアに「支配」され、本末転倒した生活をしないように気をつけたいと思います。
関連記事:
まず著者による「自由」の定義から。  自由というのは、「自分の思いどおりになること」である。自由であるためには、まず「思う」ことがなければならない。次に、その思いのとおりに「行動」あるいは「思考」すること、この結果として「思ったとおりにできた」という満足を感じる。その感覚が「自由...
yumin4.blogspot.jp

参考記事:

2010年8月21日

『預金じゃイヤだけど投資はコワい ボクの“負けない”人生戦略』 内藤 忍 (著)



物語仕立てでわかりやすく書かれた初心者向けの本です。
FXと株式投資の根本的な違いが説明できないレベルの人にはお薦めです。

私の印象に残った点はここです。
「もし、1億円必要がないのに、無理して1億円貯めても、どうせ人生終わったときに使い切れなくて、残っちゃうだけですよね。そのエネルギーを別のことに使ったほうがいいと思いませんか?」
はい、そう思います。これはとても重要な指摘です。

資産が足りないことばかり強調する資産運用本が多い中で、資産を過剰に貯めこむことの無駄、非合理にもきちんと触れている本書は貴重だと思いました。

参考記事:
新刊発売です!「負けない人生戦略」で投資の手法を人生に活かす - SHINOBY'S WORLD
預金じゃイヤだけど投資はコワい ボクの“負けない”人生戦略 | rennyの備忘録
梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー(インデックス投資実践記) | 「預金じゃイヤだけど投資はコワい ボクの“負けない”人生戦略」(内藤忍著)は資産運用のイメージ作りに役立つ読み物
預金じゃイヤだけど投資はコワい ボクの“負けない”人生戦略: NightWalker's Investment Blog

2010年8月20日

『サラリーマンのためのお金サバイバル術 家・車・保険、「人並み」な買い物が破滅を招く』 岡本 吏郎 (著)



冒頭に出てくる誰でもわかる解答。
収入よりも少ない支出で生活すればいい。
これは当たり前すぎて何も言ってないに等しいですね。

もっと具体的には、
年収の50%の生活。これが、死ぬまでの自分の人生を計算した場合の安全な答えです。
という記述があります。60歳まで働く前提なら、この基準は概ね妥当だと感じます。

ただ、早期リタイアを目指すなら、生活費だけで年収の50%を占めてしまうのは、まだ生活レベルが高すぎるか、年収が低すぎるかのどちらか(または両方)だと思います。私の場合、リタイア直前の生活費が年収に占める割合は30%程度でした。これぐらいの生活レベルだと、年収の半分を貯蓄に回すことができます。

 いくら住居費を一生懸命節約し我慢の生活を続けても、社会保険料が私たちの今の幸せな生活を阻んでいます。制度は明らかにどこかおかしく、それを誰もがわかっていながら変えられない。困ったことです。
同感です。
節約が「我慢」だと感じるようならやりすぎだと思いますけどね。

結論:生命保険の基本的入り方
(中略)
適正な保障額を時期に応じて計算し、掛け捨て保険を契約する。これが保険の王道です。
(中略)
私たちが、自分の死亡をリスクヘッジすべきなのは、小さな子どもがいる働き盛りの一時だけです。「一時」なんて言いましたが、過ぎてみると本当に「一時」です。そして、子どもはこっちの気持ちも知らずに親離れをしていきます。また、この最もリスクヘッジが必要なときは、厚生年金の掛け金でもリスクヘッジができています。したがって、厚生遺族年金でカバーできない分をリスクヘッジすればいいのです。
厚生年金強制加入のサラリーマンの生命保険についてはこれがファイナルアンサーだと思います。この少子化時代ですから、まったく生命保険に入る必要のない人も少なくないでしょう。子供がいる人の場合でも、必要保障額を見積もるときに厚生遺族年金を計算に入れておかないと、過大な保険料を負担することになりかねません。

医療保険は、どう考えても最初から加入者が勝つ余地はありません。医療保険は、保険ではなく、人々の不安をついた単なる「不安商品」なのです。
同感です。

時間のないサラリーマンが株式を運用しようと考えるならば、ETFの運用以外に選択肢はありません。
やや言い過ぎな気もしますが、外れてはいないでしょう。

 なお、世界市場を買うと言うと、為替リスクを心配する人もいると思いますが、外貨預金に預けるのとは違い、世界市場を買うという行為は理論的には為替に対してニュートラルです。仮に、ドルが値下がりしたとしても、世界市場に組み込まれた企業の価値が変わるわけではありませんから、ドルが下がればその企業の企業価値はドルに対して高くなるはずです。
誤解されやすいポイントですが、これはその通りですね。

ただ、為替に対してニュートラル=為替リスクがない という意味ではないと思います。海外ETFも最終的に円という通貨に換金して使う前提なら、為替リスクを包含していることは事実です。

にもかかわらず、株式という資産を長期保有する場合は、為替リスクをあえてヘッジする必要がない理由は、次の本に書いてありました。
『株式投資 ~長期投資で成功するための完全ガイド』 読書録 その2

 運用をしているといろいろなことが起こるでしょう。しかし、一度決めた方針は変えてはいけません。淡々と続ける。マラソンのように。それが正解です。
正解というより最善手でしょうね。最善手を尽くしたからといって最終的に勝てるとは限らないのが、資産運用の厳しいところでもあり、面白いところでもあると思います。

サラリーマンに大人気の自己啓発系のセミナーについて。
 参加しても何の能力もつかない。むしろ、病的な躁状態になる人もいるセミナーに、高いお金を払う行為というのは、この本を書いてきた私のような立場の者には、「能力をつけて、お金も貯める」というテーゼから一番遠い行動です。
同感です。

参考記事:
岡本吏郎(2009.11)『サラリーマンのためのお金サバイバル術』(朝日新書)朝日新聞出版: 乙川乙彦の投資日記
のらブログ: サラリーマンのためのお金サバイバル術 家・車・保険、「人並み」な買い物が破滅を招く
[ 【読書】岡本吏郎さんの「サラリーマンのためのお金サバイバル術」] by 矢向町のインデックス投資家
活かす読書 サラリーマンのためのお金サバイバル術
サラリーマンのためのお金サバイバル術 家・車・保険、「人並み」な買い物が破滅を招く (朝日新書) | rennyの備忘録
サラリーマンのためのお金サバイバル術 | 思いつきブログ

2010年8月8日

『今ウェブは退化中ですが、何か? クリック無間地獄に落ちた人々』 中川 淳一郎 (著)



『ウェブはバカと暇人のもの』と同じような内容なので、読むならどちらか一方だけで十分でしょう。

 ネットの良い点は、充分過ぎるほど分かっている。それについては、多くの人がネット上や書籍で説明しており、かなりの部分で私も同意する。
だから、私はそれを踏まえた上で、あえてネガティブな面に光を当てる。いつまでも隠蔽し続けていては、ロクなことはない。
本書で多くのページを割いて事細かに取り上げられているネット上のネガティブな事件簿は、別に「隠蔽」されているわけでも何でもなく、知ろうと思えばいつでも知ることができるものです。多くの人にとっては何の興味もない事柄であるが故に、スルーされているだけのことで。

どんな便利な道具を使おうが、凡庸な人間が凡庸であることに、バカがバカのままであることに変わりはない。
まあこれはその通りですね。

世の中には絶対に分かり合えない人がいる
これもその通り。
この事実を簡単に知ることができるのも、ネットという道具のおかげです。
梅田望夫氏の
「ウェブ上での人体実験=すべてのウェブ上での反応・感想を読むこと。これはもう終わりにしてもいいだろう。30,000以上、読んだから」
という発言も、分かり合えないことを身を持って知ったから出てきたのだと思います。

人を疲弊させるネットの現場の仕事
(中略)
ニュースの編集者をやってきた間、休んだ日数は以下の通りである。
2006年: 0日
2007年: 3日
2008年: 9日
2009年: 6日
お疲れ様としか言いようがないです。

 しかも、勝手な要求を突きつけてくるのは、かなりの割合で、一切カネを払っていない暇なネットユーザーである! こんなおかしなビジネスモデルがあるか! ここまで人間一人の努力が報われない世界があるか! 私はそう思うのである。
ネットユーザーの多くはカネを払っていますけどね、プロバイダーに。
というより、ユーザーが一切カネを払わないのはネットに始まったことではなく、テレビという旧来のビジネスモデルだって同じことでは?

自分が好きでやっているビジネスが苦労の割に儲からないのを、ユーザーのせいにしてはいけないと思います。

 ネットとは、失うものを持つ人が失うもののない人の相手をさせられる装置だ、と私は述べた。同時にネットは、「報われぬ真面目な人」を生み出す装置でもある。真面目な人ほど、叩きやクレームへの対応を検討するのに時間を費やし、心を悩ませるのに時間を費やし、悩んだ末に暗澹たる気持ちになる。そして何も報いはない。
なるほど、これはかなり当たっている気がします。
でも、この後に、
 ネット礼賛者やネット教信者、ネットに巣くう暇人ども、お前らにはそういうことが分かっているのか?

分かってやっているのであればやめろ。

マジでやめろ。
こんな押し付けがましいことを言われたら、丁重にお断りしたいですね。

もし実害を及ぼすほどの叩きやクレームなどがあれば、法に則って粛々と罰を与えればよく、それが何よりの抑止力になります。

ネットを礼賛したい人が礼賛して、ネット教(というものが仮に存在するとして)を信仰したい人が信仰して、いったい何が問題なのでしょうか? そのような自由を奪う権利は誰にもありません。

溢れんばかりにあるネットの情報――これもまあ良いことだ。だが、もともと書籍や雑誌をすべて読むことさえ不可能で、世間はすでに情報過多の状況にあった。そこにゴミのような情報をさらに増やしても大した意味はない。
書籍や雑誌と違って、ネットの情報は検索可能であるという重要な事実を、わざと無視した発言ですね。
それから、その情報がゴミであるかどうかは個々のユーザーごとに違うので、「ゴミのような情報を流すな」と叫ぶことに、それこそ大した意味はないでしょう。
 私は文章を書くことによって生計を立てているが、仕事でもないのに匿名であれこれ文章を書き、議論したり誰かに反論しまくったりしている人のインセンティブがどこにあるのか、よく分からないのである。
なんか嫌味を言われているような気分ですが(笑)、アフィリエイト目的の場合を除いて、個人のブログは何らかのインセンティブがあるからやっているわけではないような気がしますね。ネットに限らず、そもそも人が趣味でやっていることはすべて、同じことをビジネスでやっている人には理解できないものです。

著者も仕事のことなど一切忘れて、単なるユーザーとしてネットと接することができたなら、もっと違った意見になっていたかもしれませんね。

参考記事:
ウェブは今やほとんど普通の「世間」なのだろう - 評論家・山崎元の「王様の耳はロバの耳!」