たまに孤独は問題ないが孤立するのはよくないという話を聞きます。確か哲学者の中島義道もそんなようなことを書いていました。…
孤独(こどく、英: solitude)とは、他の人々との接触・関係・連絡がない状態を一般に指す。本来はこういう「状態」を指す用語のはずが、
「自分がひとりである」と感じる心理状態を孤独感(loneliness)という。クラーク・ムスターカス(英語版)が「孤独感には自己疎外・自己拒否からくる孤独と、実存的孤独がある」と述べているように、孤独と、それに伴う孤独感には自分と他者・世界との関係で捉えたものや、人間の存在そのものから来る孤独感など様々な視点がある[1]。ほぼ「孤独感」という主観を表す用語になってしまっているのが現状のようです。
たとえば、深山幽谷にたった一人でいる場合だけではなく、大勢の人々の中にいてなお、自分がたった一人であり、誰からも受け容れられない・理解されていないと感じているならば、それは孤独である。この主観的な状況においては、たとえ他人がその人物と交流があると思っていても、当人がそれを感じ得なければ、孤独といえる。
孤独(solitude)な状態に置かれたとしても孤独感(loneliness)を感じない私のような人間もいるので、両者が日本語では「孤独」の一言で片付けられていることに大きな違和感があります。
「暇」という状態が「退屈」という感情と混同されているのと似たような現象だと思います。関連記事:
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一方、孤立とは。
他者と何らかの群を形成せずに、単独の状態にあって他者とのつながりや助けのない状態にあること。孤独を参照。孤独(solitude)と似ていますが、どうやら「他者の助けが必要なのにそれが無い」というニュアンスが含まれているっぽいですね。ほぼ「孤立無援」と同じです。
(中略)
社会から孤立した生活を送っているものが、ニート・引きこもり・ホームレスにあたる。
この「他者の助け」とは扶養や扶助だけを指していると解釈するのが妥当です。もし他者が生産した物を市場で調達することも「他者の助け」に含まれると解釈するならば、高度な分業によって成り立つ現代社会で「他者の助け」無しに生きている人など存在しないことになり、ニートや引きこもりは「孤立」しているという定義と矛盾しますからね。
なので、自分で稼いだ(貯めた)金で生活をしている人は、どんなに孤独でも「孤立」することは無いと思われます。つまり、早期リタイアしたら「孤立」するのではないか、という心配は無用ということになります。
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