「老後に安心できる生活をするためにはいくら必要?」というのはお金に関する定番の質問です。仮定を設定すれば必要額を機械的に計算できますが、そもそも資産を持っていれば安心という発想が間違えているのです。「安心」という感情を基準にするならば、確かにこういう回答が正しいと言えます。しかしなぜ「安心」を基準に意思決定することが当然のような前提を置いているのか、そこに大きな疑問があります。「そもそも」論で言うなら、資産かキャッシュフローか以前に、まずそんな基準で本当にいいのかと考える事から出発する必要があるのではないかと。(後述)
(中略)
「何歳まで生きるか」というのは不確定ですから、いくらあれば安心かという「資産額」の議論には結論は無いのです。
私が知っているシニアの年金生活者は、国債を解約して中古ワンルームマンションを2戸購入しました。それまで国債から入ってくる金利は年間で2万円程度。それを不動産にした結果、キャッシュフローが入ってくる仕組みができ、毎月の手取りは16万円(年間約200万円)になりました。国債の100倍近いキャッシュフローが手に入るようになったのです。こういう場合、目に見える手取り収入だけでなく、元本部分の価格や各種コストを全て合計したトータルリターンを比較しないと意味がありません。不動産の時価がいくらになっているのかを無視して、キャッシュフローの部分だけ取り出して2万円が200万円だから100倍!みたいな計算をする行為は、「心の会計」の典型であると思います。
ちなみに私もこの事例とよく似たワンルームマンションのオーナーを知っていますが、見かけ上の収入とみなされるキャッシュフローが多いので、国民健康保険・介護保険は毎年80万円以上払っているようです。キャッシュフローによって税金や社会保険料が跳ね上がるコストもきちんと加味しなければ、正しい比較はできません。
するとそれまでは、ひたすら節約生活をしていたのが、入ってくる家賃収入は使っても良いと考えるようになりました。これもお金に色をつけて区別する行為であり、典型的な「心の会計」の罠に嵌っている人の考え方です。
リタイア後に毎月使っても良い金額が、資産運用の「トータルリターン」に比例して増えるのだ、と言っているならわかります。しかし、「キャッシュフロー」があればそれは全部使ってもいいが国債の元本部分に手を付けるのはダメ、みたいな区別はナンセンスです。
収入は緩やかに減っていくかもしれませんが、持っている預貯金と切り崩していく生活よりずっと安心感があります。ここでもひたすら強調されているのは「安心」のみで、「安全」だとは一言も言っていないところがポイントです。
不動産投資とは、リスクを取ってトータルリターンを高めようとする行為です。国債を売って不動産を購入すれば、期待リターンは高くなりますが、ポートフォリオのリスクは上がり、資産の安全性は下がります。「安心」という感情を優先してキャッシュフローを獲得しに行った結果、皮肉にも「安全」が犠牲になっている事例だと言えます。
人間の脳に生じる安心、不安という感情は、必ずしも客観的な安全、危険と一致するものではなく、両者が無相関や逆相関になっている場合も少なくありません。
わかりやすい例を挙げると、「飛行機に乗るのは不安だけど、自分で車を運転すれば安心」というのがあり、実際の安全性とは逆になっています。これが脳のバグによって生じる不合理であることを知らなければ、危険な方を選んで安心するというおかしなことが起こります。
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