2022年10月10日

「Web3が国家戦略」という矛盾

同意できるのは1行目だけですね。

国家とその支配下にある企業によって奪われていた個人の主権を取り戻す技術がWeb3であって、国家戦略としてそれを推進する=国家が自ら支配力を弱める、そんな動機なんて無い、という矛盾。

2行目以降の違和感はどこから来るのか考えてみました。

web3を活用できなかった国は滅ぶので、滅びたくない国や自治体は活用するしかない。

いまだに国単位で物事を捉えていることが、そもそもWeb3らしくないです。

コテコテの中央集権型組織である国や自治体が、Web3をどうやって「活用」できるのでしょうか。本当にそんなことができたとしたらもはや権力はそこには無く、国や自治体という権力の主体は滅んだのと同じことです。「Web3を活用できた国」という概念は矛盾しています。

支援するふりして足を引っ張るような動きには最大限警戒しつつ、一利害関係者として接するべき。

前述の通り国家にWeb3を支援するインセンティブなどありませんので、支援するふりをしながら足を引っ張る方法を編み出すのが国家戦略である、とみなすべきでしょう。

そうとわかれば話は単純で、政府との間に妙な利害関係を想定して役人たちの顔色を伺う必要すらなく、そんな連中とは最初から関わらなければよいのです。

起業家が常に政府役人の顔色ばかり気にして揉み手で規制当局に擦り寄る姿は、もう見たくありません。人々をそんな非生産的な仕事から解放するために発明された技術が、パブリックブロックチェーンでありWeb3であるはずなのに…。サトシ・ナカモトが泣いてますよ。既存金融や集権型の取引所と同じパターンを踏襲するなら、Web2のままで十分です。

参考ツイート:

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