仮想通貨や電子マネーの理解には、通貨発行益の理解が不可欠。僕は莫大な通貨発行益が特定私人に属することを望まないので(といよりも癪なので)、中央銀行発行券しか用いない。仮想通貨の発行は偽札の発行と構造は同じ。— 橋下徹 (@hashimoto_lo) 2018年2月7日
電子マネーと暗号通貨を一緒くたにして語り始めているのもおかしいのですが、「仮想通貨の発行は偽札の発行と構造は同じ」はよくある誤解だと思います。
偽札って、本物の法定通貨そっくりに作られていて、それを受け取る人が偽物であることに気づかないからこそ、偽札を作った人に利益が転がり込んでくるものですよね。
それに対して暗号通貨は、はじめから法定通貨とは別物として作られたものです。それを使う人も受け取る人も、別物であることをはっきりと認識しています。
暗号通貨をどうしても何かに喩えたいなら、偽札より「こども銀行券」の方がまだマシではないかと。それが法定通貨とは別物であることを皆が知っているという点だけは同じなので。もちろんそれ以外の点では、こども銀行券と暗号通貨は似ても似つかないものですが。
「莫大な通貨発行益が特定私人に属する」というのも、確かにそういう設計の暗号通貨もあるのでしょうが、暗号通貨すべてがそうだとは言えません。主語が大きすぎます。たとえばビットコインの場合は、通貨の新規発行(マイニング)には誰でも参入できるので「特定」私人ではありませんし、それにかかるコストも法定通貨の印刷ほど安くはないため、得られる発行益も「莫大」にはなりません。
通貨発行益が(特定)私人に属するのは癪なのに、中央銀行発行券を使うことによって莫大な通貨発行益が中央銀行という特定政府機関に属することには何も感じないと? 私は全く逆に、私人が権力を利用せずにどれだけ利益を得ても癪ではない(どころかむしろ尊敬する)けれど、中央銀行が権力を利用して通貨発行益を独占しているのは非常に癪にさわるのですが…。
どちらを好むにせよ、彼の言うように「私は◯◯しか用いない」という個人の意思表示で済んでいるうちは無害です。どの通貨を決済に使うかは、取引の当事者同士で決めることができますから。「XXは信用できない」と思えば取引しない自由があります。
しかし個人の意思を通り越して、なぜか「XXは信用できないから規制すべき」とか言い出す人がいるのは困りものです。橋下氏のツイートがそのような意図でなされたものではないことを祈るばかりです。
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