2010年10月20日

『日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学』 原田 泰 (著)  その2



『日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学』 原田 泰 (著)  その1 の続きです。

第3章「人口減少は恐いのか」
結論を先取りすれば、人口減少は恐くないが、高齢化は恐い。しかし、それは高齢者が少ない時代に作った高齢者を優遇する制度を、高齢者が多くなっていく社会でも維持しようとしているからだ。そんなことをすれば若者の負担が高まり、日本が活力のない社会になっていくのは当然だ。高齢者優遇の制度を改めなければならない。
すごくシンプルで当たり前の事実なんですが、マスメディアは相変わらず「かわいそうな高齢者」というイメージを刷り込むのが大好きなようですし、いつになったら改まるんでしょうか。
現在の年金は、過去の高度成長期の惰性により、きわめて高いものになっている。日本人は気がついていないようだが、日本の年金制度は世界一気前の良いものだ。
支給額3割カットしてもまだ世界トップレベルだとか。

少子化の原因について。
子育てコストには
母親が子供を育てるためにあきらめなければならない所得が含まれる。
直接負担する養育費が大卒までで2千万円とか聞きますが、実は母親の逸失所得のほうがはるかに大きく、割り出された数字はなんと2億3719万円。(下図参照)

603648_graph.gif

女性でこれだけ稼げる人は一握りかもしれませんが、この半分としても1億ですからね。
これはあまりにも高いコストである。日本の子供が減少するのも驚くべきことではない。
という感想以外、何も出てこないです。

以上のような議論に対し、「子供が生まれるか生まれないか(親からすれば「子供を産むか産まないか」)は子供への愛情が一番重要だ。すべてを金銭評価する風潮はいかがか」という意見もあるだろう。
本当にありがちな意見ですが、著者は個人としては賛同すると前置きした上で、
「エコノミスト」という立場からは、愛情について意識的に書かないようにしている。
と切り返しているところにプロ意識を感じました。その理由が秀逸なので、長くなりますが引用させてもらいます。
 なぜかと言えば、通常、エコノミストの主張は政策提言に結びついているからだ。政策とは、権力を持つ国家が行うことである。私は、国家が個人の問題である愛情について語ることは、遠慮した方がいいと考えている。
その通りですね。
 もうひとつ、もっと子供を産むべきだという国家は、本当に子供を愛しているのだろうかという疑問もある。昨今かまびすしい少子化で大変なことになるという議論のポイントは、高齢化社会の国民負担が大変なことになるからということにある。そこには、たくさん子供が生まれて、皆で負担を分担してくれという意図が見える。これは、本当に子供を愛していることになるのだろうか。
愛が無償のものなら、高齢者の負担なんかしなくてもいいから、どんどん生まれてきて下さいというのが正しい国家のあり方だ。下手に生まれてくると何をさせられるか分からないから(自分の子供を愛している親からすれば、子供を産むと、その子がどんな重い負担を背負わされるかわからないから)子供は生まれてこないのではないか。子供を愛する国家とは、まず子供の将来負担を減らす国家ではないか。現在の年金給付額を減らして将来の負担が重くならないようにする国家が、子供を愛している国家ではないだろうか。
愛情とは多義的で、様々な意味に使われる言葉である。子供たちに、彼らには責任のない負担を押し付けることを、政府は、子供への愛情と言いかねない。エコノミストは、多義的な言葉は扱わない方が良い。
ほんと、ここに書かれているような国家の「意図」は既にミエミエですから、この分析は「愛情」論の矛盾を的確に突いています。
皮肉なことに、生まれてくる子供たちに幸せになってほしいという気持ち(愛情)が強ければ強いほど、この不遇な時代には子供を産まないという選択をすることになり、コストの問題とはまた別の少子化の原因になっているのではないかと思います。

人口が減るだけなら問題ない。(中略)
人口が減れば国力は低下するだろう。(中略)
また、そもそも国力が重要だろうか。私たちがあこがれる国は、人口の多い国ではなくて、一人一人が豊かな国、そして、その豊かさを魅力的に使っている国ではないだろうか。
はい、国力とかどうでもいいです。
日本の都市部に住んでいると、人口が多すぎて不快に感じることがどうしても多くなります。リタイアしてからは開放されましたけど、満員電車や交通渋滞にはもうウンザリです。
このまま順調に人口が減って、少しでも快適な社会になることを望みます。

2010年10月19日

『日本はなぜ貧しい人が多いのか 「意外な事実」の経済学』 原田 泰 (著)  その1



編集者による紹介記事はこちら。
日本はなぜ貧しい人が多いのか―「意外な事実」の経済学― - 選書・編集者のことば

第2章「格差の何が問題なのか」では、最初に出てきたグラフが興味深かったです。
図1 豊かな国と貧しい国の出自.jpg
紀元1年から2006年までの国別の一人当たり実質GDP(購買力平価)の変化を示しているのですが、1000年の時点ではほとんど差がなく、1820年でも最大3.6倍だったのが、2006年で12倍まで拡大しました。
要するに、1700年ごろまで、世界はほとんど一様に貧しかった。ところが、その後の300年で、世界のある国は豊かになり、他の国は貧しいままだった。これは、豊かな国が豊かなのは、他の国を貧しくしたからではないことを示唆する。
格差とは相対的なものなので、豊かな国がより豊かになるだけで格差は拡大します。ところが、より貧しくなった国はなく、世界全体で見ても豊かになっているわけです。素晴らしいことです。

国だけでなく個人の豊かさについても同様で、所得格差の拡大を好ましくないことだとする考え方は、豊かな人の足を引っ張る制度に結びつきやすいので注意が必要です。

この後
豊かな国が豊かなのは、他の国を貧しくしたからではないということは、現在、話題になっている個人間の所得格差を縮小する方策にも示唆を与える。
と続くのですが、そもそもなぜ個人間の所得格差を縮小する必要があるのだろうか?と思ってしまいます。

たとえば豊かな人の所得(購買力)が3倍になっても、貧しい人の所得が2倍になれば、格差は拡大しますが誰も不幸にはなっていません。所得格差の縮小を目指すこと自体がナンセンスな気がします。

ある人の所得が低すぎて、日本国憲法の保障する生存権を満たせないとき、どうすれば良いだろうか。仕事を与えるのは良いことに違いないが、その仕事が、自動車の走らない道路、船の来ない港湾、飛行機の飛ばない空港を作ることだったら、格差の縮小はとてつもないコストがかかる。
(中略)
それよりも、生存権を満たすためのお金を直接配ってしまった方が安上がりなのではないだろうか。ヨーロッパ諸国はそうしている。アメリカですら、日本よりもそうしている。
ということで、負の所得税を「気の利いた方法」として提案しています。
上記のような公共工事などに限らず、直接配ったほうが安上がりになるほど「とてつもないコスト」がかかる仕事というのは、意外に身近なところにも存在しています。関連記事:
著者本人の紹介記事はこちら。 社会保障の不都合な真実 - 学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学) - Yahoo!ブログ 前著の 『だまされないための年金・医療・介護入門』 よりも幅広く社会保障問題の真実を解説する本です。とりあえず年金問題だけを知りたいのであれば...
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長くなりそうなので続きは記事を分けます。

2010年10月13日

ブログを長く続けるには

まだ2年しか続けていない私が書くべきテーマなのか迷いましたが。

貯金生活。投資生活。 ブログを継続するのはなぜ難しいのかより:
アクセス自体がほとんどない。コメントなんてちっともつかない。また、記事にするネタだって、よほど発想の豊かな人でない限り、自ずと限度がある。その上、ただ働き。文字通り一文の得にもなりません。ブログ更新の意欲が続くはずがないのです。
この記事で引用されているうさみみさんの記事でも、ブログ継続の難しさが強調されています。ブログを始めてみようと思っている人は尻込みしてしまうかもしれません。

たしかに、ブログの目的がアクセス数を稼ぐことだったり、コメントのやりとりで読者と交流することだったり、アフィリエイトで成果をあげることだったりすると、なかなか思い通りにならないことが多いのはわかります。

でも当ブログのように、本来の目的は自分のための備忘録だと割り切ってしまえば、ブログの更新は将来の自分にとって得になるわけですから、今は役に立たなくても将来役に立つ積立貯金をしているような感覚で、自然に続けることができるのではないでしょうか。

たとえばたった10年前であっても、当時自分が何を読んで何を考えていたか、もうほとんど思い出せなかったりします。完全に忘れているならまだマシで、時と共に記憶が変容していることさえあります。人間の記憶力とは実に頼りないものです。ブログは、これを強力に補強するツールだと考えています。

え? 自分用のメモならネット上に公開する必要はない? 
まあその通りです、その必要はありません。
公開している理由は、誰かが私の記事を読んで知らなかったことを知ったり、何かを考えるきっかけになれば悪くないことだと思っているからです。それが目的ではなくて、あくまでも副次的な効果としてですが。

実際、ネットで何か調べ物をしているとき、あまりアクセス数を稼いでなさそうなマニアックな個人ブログのメモ的な情報が、驚くほど役に立つことがあります。メモを公開しないことでそういう可能性が消えているとしたら、残念なことだと思います。

2010年10月6日

『希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学』 池田 信夫 (著)



著者本人の紹介記事はこちら。
池田信夫 blog : 『希望を捨てる勇気』発売 - ライブドアブログ

池田信夫blogの読者にとっては、あまり目新しいことは書かれていないと思いますが、そうでない人には是非読んでもらいたい本です。

タイトルの意味するところは次の通り。
明日は今日よりよくなるという希望を捨てる勇気をもち、足るを知れば、長期停滞も意外に住みよいかもしれない。幸か不幸か、若者はそれを学び始めているようにみえる。

その一方で、ブログでは次のように書かれています。
池田信夫 blog : 老人支配の構造 - ライブドアブログ
最後まで読んでいただけばわかるが、これは「古い経済システムを延命すれば何とかなるという希望」を捨てないかぎり、長期停滞を抜け出すことはできないという意味である。
一見正反対の意味のようで実はどちらも正しいという、絶妙なタイトルだと思います。

以下に共感した部分を抜粋します。
問題は所得格差ではなく、企業に守られている正社員と労働市場からはじき出された非正社員の身分格差が固定されていることなのである。
いいかえれば現在の雇用規制は、経営者と労働組合の既得権を守るために非正規労働者を身分差別する制度だといえよう。
(中略)
その責任は第一義的には家父長的な労働行政と労使の結託にあるが、目先の温情主義で正社員だけを保護し、非正社員を差別してきた司法の責任も重い。
ワイドショーのコメンテイターが「こういう人々を救済するために派遣労働を禁止しろ」というと、多くの人々の共感を得る。しかしこのようなワイドショー的な正義が、結果的には弱者をさらに弱い立場に追い込むのだ。
経済学は、複数の目的のトレードオフの中から何が相対的に重要かを判断する学問である。(中略)
世の中にはトレードオフを無視して特定の目的が絶対的に優先すると主張し、他の目的との比較を許さない人が多い。
村上ファンド事件の一審判決は「被告の『安ければ買うし、高ければ売る』という徹底した利益至上主義に慄然とする」と糾弾した。このように市場経済を嫌悪するのは、日本の司法に広く行き渡った病気だ。


中高年の「ノンワーキング・リッチ」について。
私のNHK時代の同期は、今は地方局の局長ぐらいだが、話を聞くと「死ぬほど退屈」だそうだ。(中略)
「あと5年は消化試合だよ」という彼の年収は2000万円近い。
こんな事例を見たら、受信料払うのがアホらしくなりません?

要するに、政策立案に政治家はほとんど噛んでいないのだ。
本来の内閣を中心とする指揮系統とは別のルートで政策が実質的に決まる「官僚内閣制」の解説はたいへん勉強になりました。

事業仕分けで話題になっていたスパコンの件について。
要するに京速計算機は、「世界一速いコンピュータ」の座を奪回したいという国威発揚のために、1150億円もの巨費を投じてつくられるのだ。(中略)
しかも1150億円というのは、現段階の建設費だけの見積にすぎない。(中略)
2000台近くのラックの消費電力は40MWで、年間維持管理費は80億円強。建設予定地には関西電力の専用発電所の建設まで決まったというから、総経費はさらに莫大になる。(中略)
そして、このように巨額のプロジェクトが随意契約でITゼネコン3社の共同受注となった。スパコンは国際競争入札を行うのが常識であり、そうすれば国産より2桁安い海外メーカーが落札しただろう。この非常識なコストを負担するのは納税者である。
(中略)
要するに、これはスパコンの名を借りた公共事業であり、世界市場で敗退したITゼネコンが税金を食い物にして生き延びるためのプロジェクトなのだ。
やはり、無駄遣いの見本のような最悪の公共事業だったのですね。
ネット上の意見を見ていると仕分け人の蓮舫氏を悪者にしたい人が多いようなのですが、なぜこんな無駄遣いを擁護しようとするのか理解不能です。

昨今のインフルエンザをめぐる過剰反応や薬のネット販売の規制など、社会全体が「安心・安全」を理由にして過剰規制の方向に流れ、既得権を護持する動きが強まっている。こういうなかで諮問会議がそれに迎合し、活力を無視して安心だけを強調し、日本経済を「リスク最小・リターン最小」の特異解にミスリードすると、それによる長期停滞のコストは国民全体が負担する結果になるのである。
ほんと、無意味な規制強化で余計なコストを押し付けられるのは勘弁して欲しいものです。関連記事:
楽天からのメールより: 厚生労働省は、省令により、一般用医薬品の67%を占める第1類医薬品 及び第2類医薬品のネット販売を2009年6月から禁止する意向です。 この販売禁止には合理的な理由は見当たらず、高齢者、障害をお持ちの方、 外出が困難な方、地方等のため医薬品を販売している実...
yumin4.blogspot.jp
400ページを超える大作ですが、その割には読みやすい本です。 日本人の集団知が衰退しているという話は、私も普段から何となく感じていたことで、  この郵政選挙で指摘されたのが「B層」と言われる人々の存在だった。これは自民党の言葉で説明すると「具体的なことは何もわからないが、人気やム...
yumin4.blogspot.jp

参考記事:
希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学作者: 池田信夫出版社/メーカー: ダイヤモンド社発売日: 2009/10/09メディア: 単行本購入: 12人 クリック: 492回この商品を含むブログ (53件) を見る「よい国をつくるには」「みんなが幸福になるには」というような人間的な要素を考慮せずに、日本経済の停滞の原因を冷徹に分析し経済の効率のみを追求しながら、日本再生への道筋を展望する。「規制緩和が所得格差を生んだ」「終身雇用は、日本の伝統だ」といった常識が本当はウソであること指摘しているところは興味深く読んだ。なかで印象に残ったのは雇用問題である。経済再生のためには、正社員の解雇条件を緩和して…
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希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学作者: 池田 信夫出版社/メーカー: ダイヤモンド社発売日: 2009/10/09メディア: 単行本 上尾市図書館で借りました。 同じくらいの時期に、友人のTakashi さんも読まれてい..
acertainlight.blog.so-net.ne.jp
希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学、池田信夫池田先生が本を出しました。この本は氏がブログで主張してきた内容をまとめたものです。日本経済の問題点がとても分かりやすく網羅されています。僕も池田先生や城氏と同様に、日本の終身雇用と年功序列の硬直し
blog.livedoor.jp