2013年12月31日

2013年末の資産残高推移

昨年のはこちら。
2012年末までの資産残高推移

年末時点の資産残高を集計してみたところ、この1年で+31.5%という結果が出ました。
この数字は残高集計を始めた2005年から(現役時代2年半を含む)9年間で最大の伸び率です。世界的に株高の年だったこともありますが、円安によって大きくプラスの影響を受けました。ちなみに現時点で外貨建て資産が82.5%を占めるポートフォリオを保有しています。

年間支出の方は昨年より微減、ほぼ横ばいという結果になりました。

リタイアした年である2007年からのデータを並べてみましょう。
2007年: +6.8%
2008年: -37.4%
2009年: +17.3%
2010年: -4.7% 年齢+ACR=77
2011年: -13.7% 年齢+ACR=76
2012年: +19.2% 年齢+ACR=89
2013年: +31.5% 年齢+ACR=106

さすがに106歳まで生きるつもりはないので、リタイア当初に平然と言い放った
今後50年以上無収入で生活しても資産が余ることが計算できた
早期リタイアした理由より)
という言葉にもようやく現実味が戻ってきた感じがします。まあこの先、再び2008年のような年が来ればまた冷や汗をかくことになるかもしれませんけど…。

2013年12月29日

『企業が「帝国化」する』 松井博 (著) その2



Kindle版


ではなぜ「帝国」はこんなにもさまざまな国籍の人材を雇い入れるのでしょうか?
その要因としてはこれらの企業が自らを特定の国家に属する組織だと思っていないことが挙げられるでしょう。例えばアップルには、自分たち自身を国家を超えた「超国家的組織」と考えているような節がありました。アメリカという特定の国家に対する帰属意識が驚くほど低いのです。
わかります。
最近、日本企業、アメリカ企業、といった呼び方を古めかしく感じます。現行の法律上仕方がないので国別に登記された法人の集合体という形をとっているものの、グローバル企業の実態は文字通りひとつの「地球企業」と呼ぶにふさわしいものです。

アップルは製品だけでなく、租税回避にさえも創造性を発揮しています。例えばアップルは、税率の高い国(アイルランドなど)の営業スタッフが低税率の国(カリブ海の無税の国)にある会社の代理販売を行っているという形をとることにより、税率が高い国での法人所得税を回避するメカニズムを考えた最初のハイテク企業と言われています。
グローバル企業が様々なテクニックを駆使して税コストを最小化している事実は、皮肉なことにそれを批判的に報道するメディアによって有名になったようですね。最近では、スターバックスがイギリスに、アマゾンが日本に法人税を一銭も払っていない件は、かなり騒がれた印象があります。

たしかに法人税を搾り取れない国家にとって大変おもしろくない事態であることはわかります。でもなぜ、公務員ですらない一般市民が大騒ぎして「税金払え」と叫びながら不買運動までやるのか、私にはわかりません。
一人の消費者としては、企業がどの国にいくら法人税を払っているかなどどうでも良いことです。同じ商品なら1円でも安い店を選ぶだけのこと。企業に税金を余分に払わせたところで商品が安くなるわけじゃなし。

一人の投資家としては、税コストを最小化して利益を最大化する企業の方が優れていることは言うまでもありません。アマゾンやグーグルの株価がとんでもない高値になっているのは、彼らが税コストを最小化する努力をしていることと無関係ではないと思います。世界中の企業の間接的な株主でもあるインデックス投資家として、そのような企業が増えることは大歓迎です。

 これまでお読みいただいたとおり、極めて強力な企業が「帝国」と呼ぶのにふさわしい影響力を持ち、ロビー活動によって影響力を増大させ、消費者を餌付けし、雇用の流出や、仕事の自動化による中間層の没落を引き起こしています。
 本来ならばそういったことが起きないように監視するはずの政府はあまり当てにならない状態です。そうした現状を踏まえ、私達は自分たちで、こういった「帝国たちとの賢い付き合い方」について考えてみる必要があるのではないかと思います。
結論には賛成です。
しかし、「監視するはずの政府」と書いてあるのはいただけません。現状でも既に各国の政府、とくに日本国政府はあらゆる企業活動を監視、規制しすぎであり、お上の顔色を伺わないと何もできない国の一つです。経済活動への政府の介入、干渉は極限まで小さくすべきです。

現在の20代の若者が高齢者になったときに年金が維持されている可能性など、かけらほどもないでしょう。国民健康保険の維持すら厳しくなり、健康保険の民間化が急速に進むのではないかと私は考えています。国家による社会保障がない世界はもう目前です。
現行のような欠陥だらけの社会保障制度なら無い方がマシなので、国営の社会保障制度が破綻して民営化されているのであれば、まだ良い方のシナリオかもしれません。現役世代にとって最も恐ろしいのは、このままチマチマと負担増、給付減の改悪を繰り返しつつ破綻が極限まで先延ばしにされるシナリオの方です。ぶっちゃけ、どうせ我々は逃げ切れないのだから、一刻も早く破綻してくれと願っている人も少なくないと思います。

2013年12月28日

『企業が「帝国化」する』 松井博 (著) その1



Kindle版


2009年4月、私は不況のまっただ中に、社内の政治闘争に疲れ果ててアップルを退職することになりました。アップルを辞めて気が付いたこと、それはアップルのような企業の中枢に勤めるごく一部の人々が消費や生産の仕組みを創り、そうした仕組みの中で、選択の余地もなく消費せざるを得なかったり低賃金であくせくと働かざるを得なかったりする人がたくさんいることでした。
なるほど、確かに資本主義経済下で企業に莫大な利益をもたらす「仕組み」が存在することは否定しません。しかし、その仕組みの中に取り込まれることを選んだのは他ならぬ消費者や労働者自身です。企業は自社の商品やサービスを買うことを誰にも強制していないし、提示された条件であくせくと働くことを誰にも強制していません。なので、「選択の余地もなく~」という表現は違うと思います。

そして格差問題が単なる収入の差などではなく、企業が最大限の利益を追求する中で発生する「副作用」であることを実感し始めたのです。またこうした問題に対して国家がほとんど無力であり、自分たち自身が無関心でいると、生活そのものを根こそぎコントロールされてしまうことが分かってきました。
このような著者の現状認識に基づいて、無力だと言う国家とは対照的に強大な力をもつ企業の「帝国化」という表現が本書のタイトルに選ばれたのでしょう。しかしながら、本書全体に散見される「グローバル企業=悪の帝国」とでも言わんばかりのネガティブな論調には違和感を覚えます。

ところで国家ってそんなに無力ですかね?
(憲法に抵触しない)法律さえ作れば、国民や企業に何でも強制できるのですよ。たとえば私有財産への課税はごくありふれた国家権力の行使ですが、嫌がる国民から無理やりお金を搾り取ることが許されています。

資本主義を支える基本ルール(契約自由の原則など)が維持されている限り、民間企業がどれだけグローバル化、巨大化しようとも、嫌がる国民から強制的にお金を搾り取ることはできません。企業よりも国家の方がはるかに強大な権力を持っていることは今も昔も変わらないと思います。

iTunesは他社のMP3プレーヤーをサポートしていないため、たくさんの楽曲を買ってしまうとなかなかほかのMP3プレーヤーに移れなくなってしまうのです。
(中略)
こうして中学生ぐらいからガッチリと「アップル漬け」にする仕組みが出来上がりました。
アップルに限らず他の企業でもやっている囲い込み戦略ですね。消費者には、嫌ならアップル製品は使わないという選択肢が常に用意されています。囲い込み戦略は採用せずにオープンな規格で勝負しているメーカーはいくらでもあります。もっと消費者が賢くなり本質を見抜く眼を養えば、品質は劣るのに販売戦略だけは熱心なメーカーの製品は次第に市場から淘汰されていくでしょう。たとえば日本企業ではソニーが一時期露骨な囲い込み戦略を採用していたようですが、現在業績や株価が低迷しているのは偶然ではない気がします。
消費者は搾取される無力な存在などではなく、大企業の命運さえも左右する力を持っているのです。

いま享受しているデジタルライフは好むと好まざるとに関わらず、アマゾンやグーグル、あるいはアップルなどの「帝国」に依存せざるを得ないのが21世紀を生きるわれわれの新しい現実です。
確かにアマゾンやグーグルのサービスは私も頻繁に利用しています。他社のサービスより優れているからです。
「依存」というのは、もしそれが無くなれば目的が達成できなくなるような関係です。仮にアマゾンやグーグルのサービスが終了した場合、代わりに他社のサービスを使えばいいだけで、私もつい最近、愛用していたGoogle Readerが終了したのでFeedlyに乗り換えるという体験をしたばかりです。
「依存せざるを得ない」という表現は現実を正しく捉えているとは思えません。

(つづく)

2013年12月14日

国民年金免除の損得 再考

一日不作一日不食さんの巡回先リンクを眺めていると、こんな記事が目に止まりました。
年金免除の損得|おひとりさまと一匹
以下の文章は投資一般の
★投資信託の分配金で暮らしている人24★ より
ちなみに国民年金の免除申請はちゃんとしよう。
国民年金の全額免除を受けると1円も払ってないのに
9万円積み立てていることにしてくれて、
国民年金の加入期間として計算されるし、
年金もそれなりにもらえる。

支払猶予申請にしてしまうと
加入期間としては計算してくれるけど、積立額は0円。
支払猶予申請もせずに勝手に未払いにしてしまうと
加入期間さえ増えない。

投資家のみなさんなら
18万円はらって18万円積み立ててもらうのと
1円も払わずに9万円積み立ててもらうの
どっちがお得か分かりますよね。

こんなことは当たり前、と言われそうですが・・・(/ω\)
当たり前と言いたいところですが、ちょっと金額が違うのではないでしょうか?
現在の国民年金保険料年額約18万円というのは加入者負担分ですから、国庫負担分を合わせると約36万円が算入されているはずです。
正しく言い直せば、
「18万円払って36万円積み立ててもらうのと
1円も払わずに18万円積み立ててもらうのと
どっちがお得か分かりますよね。」
(よく見たらretire2kさんが既にコメント欄で同じ指摘をしてましたね…)
まあ賦課方式なんで「積み立ててもらう」という表現もちょっとおかしいんですけど、こういう具体的な数字を眺めて見れば免除制度ってやっぱり美味しく見えますね。

ちなみにもっと美味しいのが第3号被保険者で、所得条件さえ満たせば
「1円も払わずに36万円積み立ててもらう」
ことができます。ここまで来ると特権階級ですね。

たまたまお金を持っている人が免除制度を利用していると知るや、嬉々としてバッシングする人たちがいますけど、では彼らは第3号被保険者を2倍バッシングしているかというと、ぜんぜんそんな風には見えないのが不思議でしょうがないです。

以前にも書いたと思いますが
私はまだ国民年金を払っています。
損得で考えると免除してもらった方がいいのはわかっていましたが
実は「どっちが得か」という点では、差分の18万円/年のリターン次第であり、期待値上は微妙です。(関連記事:国民年金免除の損得
平均寿命よりも数年長生きするだけで得になる可能性も十分ありえるので、免除のほうが絶対に得だとは言えません。

ポイントは、自分が一定の年齢以上長生きする事象が発生するほうに、毎年18万円のお金を賭けるかどうかを(多くの人が強制参加させられている中で)自らの意思で選べること、ここが免除制度の旨みではないかと。長生きする自信がある人が免除制度を利用せずに年金を全額支払う行為は、株式市場が長期的に成長を続けるほうに毎年一定金額を賭ける積み立て投資と本質的には同じことだと思います。信用する相手が一国の政府なのか、市場なのかという違いはありますが…。

免除申請というものは
よっぽど生活に困ってからするものなのだと思っていました。
これもよくある思い込みというか勘違いだと思います。より条件の厳しい生活保護制度と混同しているのではないでしょうか。

国民年金法第90条には、「次の各号のいずれかに該当する被保険者」の第一号に
一  前年の所得が、その者の扶養親族等の有無及び数に応じて、政令で定める額以下であるとき。
と書いてあります。ここに書いてあるのは「所得」のみで、「生活に困って」いるかどうかは問題にしていません。

安定した収入が無くなった以上
自分の損得を一番に考えてしまうのはしょうがないような・・・(^^ゞ
まあ加入期間は足りているし
やっぱり来年から免除申請することにしよう。( ̄∀ ̄)
なぜか罪悪感を持たれているようですけど、誰でも自分の損得が一番なのは当たり前なので、払うのは損だと思うのなら堂々と権利を行使すれば良いと思いますよ。

2013年12月8日

「金利で生活すればお金は減らない」という錯覚

Kotaroさんのブログより。
確かに、金利の一部だけを消費して生活できたら、元本は減らない。でも元本はいつ使うの?とわたしは思ってしまう。死んだ時に元本を丸々使わずに残ってしまう。こちらのほうがもったいないし残念だと思う。イチゴケーキを買ったのにイチゴを食べずに死んでしまうようなもの。
同感です。

さらに言えば、こういう文脈で出てくる「元本は減らない」というのは、単に元本の額面が減らないという意味で使われていて、肝心の購買力がどう変化するかをまったく考慮していないことが非常に多いと思います。額面金額は維持できていても、インフレで購買力が低下してしまえばその分だけお金が減っていることになるんですけどね。
関連記事:
タイトルは節約術の本にも見えますが、中身は違っていました。アマゾンの辛口レビューに共感します。 FPである著者は、 一概に経済合理性だけを追求したアドバイスをすることが、いかに無意味かを痛感しました。 とのことです。 例えば、たばこを吸う人にとっては、(中略) 禁煙したら30年間...
yumin4.blogspot.jp


要するに、「金利だけで生活すれば元本が減らないので安心」というのはただの錯覚に過ぎません。行動経済学では心の会計と呼ばれる、人間の脳に宿る不思議な習性の一つです。山崎元さんも次のように解説しています。
本稿が掲載される予定日は9月25日だ。何は、ともあれ、「今なら間に合う」重要情報をお伝えしよう。金融機関が口座獲得のキャンペーンを行っているNISA(「ニーサ」。少額投資非課税制度)の口座開設の申し…
gendai.ismedia.jp
インカムゲインとキャピタルゲインを区別する考え方は古くからあるが、本来は、両者を合わせて損得を判断するのでなければならない。しかし、人間には、「メンタル・アカウンティング」(心の会計)と呼ばれる傾向性があり、本来なら色など付いていないはずの「お金」に対して、その収入の形態や、将来の使途などで、過剰な区別をする傾向がある。

毎月分配型投資信託の場合は、「分配金」で入ってくるお金に対して、「運用による利益だ」という好ましいイメージ、「(運用益だから)これを使うのは健全だ」という好都合なイメージを持ちやすく、部分的な解約による元本の取り崩しに対しては、「不健全だ」、「心配だ」というイメージを持ちやすい。
この記事は投信の分配金についてですが、預金の利息などでも基本的に同じことです。