2017年7月30日

早期リタイアはもったいない? 自分の頭で考えよう

NightWalkerさんのブログ
ちょっと古い記事ですが、大江さん。日経マネー研究所さんです。 夢の早期リタイア ...
nightwalker.cocolog-nifty.com
で言及されていた日経の記事です。
 会社勤めをしている人の中には定年を待たずにできるだけ早期にリタイアしたいと考える人が多くいます。私の知り合いの会社員も「投資で十分な資産をつくり、早期に仕事から引退したい」と思っているようです。米国でも40歳代までは馬車馬のように働いて早…
style.nikkei.com
大江英樹さんのことは存じませんが、略歴を拝見する限りでは「早期リタイア」とは対極的な生き方を選択されているようです。

それより何より、早期リタイアは本当に幸せなのでしょうか?
一言「人による」で終わってしまう種類の問いだとは思いますが、私のケースで言えば「本当に幸せである」以外に答えようがないですね。

私は40歳代の頃は、何とか早期リタイアができないものかと考えていましたが、実際に定年が近づいてくると、一切働かないで、のんびりすることが「果たして充実した人生なのだろうか」という疑問を持つようになりました。
私の場合は逆で、20代の頃は早期リタイアなど考えもしなかったのに、30代になってくると、このままずっと60歳まで働き続けることが「果たして充実した人生なのだろうか」という疑問を持つようになりました。

いずれのケースでも、選ばなかった方の人生が自分にとって「充実した人生」だったかどうかを知るすべはないので、選んだ方の人生が充実しているならそれでいいじゃないですか、としか…。

仕事とは人のために何かをしてあげることだと私は考えています。報酬は、いわば感謝のしるしとしてもらえるものでしょう。何歳になっても人の役に立つことを仕事として続けていくことは素晴らしいことです。現役時代のようにバリバリ働いて稼ぐ必要はありませんが、自分の体力と時間に応じて、社会とかかわる道もあるのです。
「してあげる」と言われると、何やら上からな感じがして嫌ですね。仕事をする側も報酬を払う側も対等であり、労働と金銭の間に優劣は無いはずです。労働需要があるところに自らの労働力を供給する労働者が人の役に立っているのと同様に、金銭を必要としている所にそれを供給する消費者や投資家だって人の役に立っているのです。

仕事を辞めると「社会とかかわる」道がなくなるというのもよくある妄想で、この文脈で言われる「社会」とは、リタイア生活における余暇活動や消費活動をする領域などはなぜか含まれず、ビジネス領域にのみ特化したかなり狭義の概念だと思われます。

仮に可能だとしても、会社員が早期リタイアしてしまうことはもったいないことです。できれば自営業やフリーランスの人たちのように、働き続けるべきではないでしょうか。
ああ、最後に本音が出てしまいましたね。

早期リタイアすることが「もったいない」と感じるか否かは、最初の問いと同じく「人による」で終わる話です。「働き続けるべき」かどうかは、本人以外の誰にもわかりません。べき論で返すなら「自分の頭で考えて判断すべき」です。しかし自分の頭で考えたくない人は他人に判断を委ねるのもまた自由なので、これも言い過ぎになるかも…。

要は一度きりの人生、それぞれ好きなように生きればいいんじゃないですか、ってことで。

2017年7月25日

貨幣の信用って誰かが担保しているのだろうか

ツイッターを眺めているとこんなツイートが目に入ってきました。

「もう一度」と言っているので元ツイートがどこかにあるはずで、これですかね。
(税や国家が無ければ)「貨幣の信用は何者が担保するのでしょうか。」という問いを発する人の頭の中には、おそらく「税や国家のおかげで貨幣の信用が担保されているはずだ」という前提が隠れているのだろうと推測できます。

しかしながら、政府や中央銀行が発行、管理する貨幣であっても、「貨幣の信用」が何者かによって担保されているわけではないと思うのです。

1万円札を差し出すと1万円分の価値の物と交換できるのは、どこかの誰かがその価値を保証しているからではなくて、1万円札を受け取る相手がその紙切れにそれだけの価値があると信じているからにほかなりません。もし1万円札にそんな価値はないと思っている人が相手なら、その取引は成立しません。別の決済手段を要求されるでしょう。

ですから、日本銀行券といえども人々の信用を失えば誰にも受け取ってもらえず、その交換価値を失って紙屑同然になることもあり得ます。国家も含め、「日本銀行券は絶対に紙屑になることはない」と保証している人や機関はどこにも存在しないのです。実際に70年前の日本では預金封鎖と新円切替によって旧円は紙屑になり、国家が発行しているからと安心しきっていた多くの国民が馬鹿を見たわけです。

誰もその価値を保証せず、人々からの信用に大きく依存しているという意味では、日本銀行券と暗号通貨(ビットコインなど)の本質的な違いはそれほど無いんじゃないかと思えてきます。現状では暗号通貨よりも日本銀行券の方が圧倒的に人々から信用されているだけのことで、将来それが逆転する可能性も十分あると思います。人々が自発的に暗号通貨を決済に使うようになり、グローバル通貨として広く流通している未来が来るとしたら、素晴らしいことだと思います。

あ、今すぐ日本円をビットコインなどに換えておけと言っているわけじゃないですよ、念のため。通貨はあくまでも決済手段ですから、その通貨で決済する用事もないのに持っていても仕方がありませんので。
関連記事:
cubさんのブログより。 ビットコイン・仮想通貨の投資って儲かるのか?個人投資家の立場で書いてみます。 | cubの日記 年収100万円の楽しい海外生活術・台湾編 ども、日本一、仮想通貨に詳しいインデックス投資家を目指してるcubです。 新しい業界や世界が出来るとそれと同じく新し...
yumin4.blogspot.jp
去年書いたこの記事では「仮想通貨」と呼んでいましたが、不換紙幣よりも現物に近い性質があると知ったので今後は「暗号通貨」と呼ぶことにします。

参考ツイート:





2017年7月20日

定年退職後の不幸自慢みたいな記事を読んで思ったこと

Taoさんのブログより。
タイトルを見て、「誰も知らない」とか「誰も守ってくれない」なんて映画が頭に浮かんだ記事があった。読んでみると映画の話ではなく、会社依存症のまま定年を迎えてしまった人々の苦悩が、これでもかとばかりに語られるせつない内容だった。私にとってはまったくの他人事だ
worldsend.blog.jp
Taoさんの感想にたいへん共感しました。良記事なので一読をおすすめします。

ダイヤモンド・オンラインの元記事がこちら。
定年退職の直後に感じるのは、「現役時代は、いかに社会と関わりが持てていたか」ということだ。組織から切り離されたときから、人は「名前を呼ばれない」日々を生きることになる。60歳からを「黄金の15年」にするために、このリアリティショックを乗り越える必要がある。
diamond.jp
退職から1ヵ月余り経過したゴールデンウィーク前の金曜日に繁華街に出た。夜の8時頃だったが、居酒屋、飲み屋、レストランは、どこもかしこも超満員だった。これからの連休を控えて仕事から解き放たれた様子の会社員であふれていた。そのときに「自分にはこのような週末はもうやってこない」ことに気がついた。
外食するならガラ空きのド平日の方が良くないですか? わざわざこんな超満員のときを選ぶ必要がない自由な身分であることを、幸福だとは思えませんかそうですか。それに、休日限定で仕事から解き放たれるよりも、休日も平日も仕事から解き放たれている方がいいとは思えませんか。
参考記事:
同時期に退職した学生時代の友人は、「今は一つのことをずっと考え込んでしまうが、会社では電話や上司の指示でいつも考え事が遮られる。これが精神衛生上とても良かった」と語っていたのが印象に残っている。
人の都合も考えずに割り込んでくる電話や上司こそ、会社員の大敵じゃないですか。それが精神衛生に良いなんて…。

また彼は、若い人から年配者までが一緒に集まっている場所は、会社のほかにはないことに気がついたとも話していた。
この人どんだけ観測範囲狭いねんとしか…。
反例を一つ挙げると、安宿ですね。会社なんかよりも遥かに多種多様で多国籍な人々が集まる場所は、他にいくらでもあるでしょう。

名前を全く呼ばれないということは社会とつながっていないことを意味する。
べつに名前を呼ばれなくても、リタイア後も市場経済の中でお金を払って他者から必要なものを入手しながら生活する以上は、社会と緩くつながっていると思うのです。彼らの言う「社会とつながっていない」とは、ただ他者との(対面の)コミュニケーションがないという意味にすぎないのではないかと。

お金があって、必要なモノやサービスが買えて、やりたいことをやる時間もまだあって、だけど他者とのつながりが希薄だから私は不幸だ、って言われてもね…。既に手の内にあるものを無視して、手に入らないものにばかり意識を向ける癖を治さない限り、心が満たされることは永久にないと思います。

2017年7月15日

インフレ税が具現化した未来を想像してみる

橘玲さんのツイートより。
天文学的な数字まで膨れ上がった政府の財政赤字を、大増税や大規模な歳出削減で処理するのは政治的に実現困難な茨の道であるのに対し、インフレ税で処理するなら遥かに簡単ですからね。あえて困難な道を選択するより楽な方へ流れる可能性は十分に考えられます。

念のためですがインフレ税とは。
インフレ税とは、実際に税金が課税されるわけではないものの、インフレーション(インフレ)の進行によって民間が保有する貨幣価値が実質的に目減りして、実質的に民間から政府への所得移転が起こることをいいます。
日本は長い間デフレが続いたので、インフレ税なんて他人事のように思っている日本人が大多数かもしれません。しかしそれなりの資産を持っている人なら、もしインフレ税が具現化したら自分がいま持っている資産の購買力がどの程度目減りするのか、机上の計算をしておいて損はないと思います。

たとえば来年から毎年10%のインフレが進行していくと仮定します。10年後の物価は2.59倍になります。コンビニやマクドナルドの100円コーヒーが260円になり、ファミレスのワンコインランチが1280円とかになる世界です。これでも「ハイパーインフレ」と呼ばれるようなものに比べれば随分マイルドなインフレです。

日本円でタンス預金している場合、その購買力は1/2.59=0.39倍に目減りします。10年で61%のインフレ税納付。

日本円の定期預金で運用する場合、たとえば1年定期預金の金利がインフレ率に完璧に追従して10%だったとしましょう。複利運用で10年後には2.16倍になりますが、その購買力は2.16/2.59=0.83倍に目減りしています。10年で17%のインフレ税納付。

政府の金融抑圧政策により名目金利がインフレ率よりも低く、5%に誘導された場合。複利運用で10年後には1.48倍になりますが、その購買力は1.48/2.59=0.57倍に目減りしています。10年間で43%のインフレ税納付。

変動金利で比較的インフレに強いと言われる個人向け国債で運用する場合。金融抑圧がなく長期金利がインフレ率に追従したとしても個人向け国債の利率は6.6%にしかなりません。複利運用で10年後には1.67倍になりますが、その購買力は1.67/2.59=0.65倍に目減りしています。10年間で35%のインフレ税納付。利率の計算式が基準金利x0.66に変わって以来、個人向け国債も決して「インフレに強い」金融商品とは言えなくなっていることに注意が必要です。

このように、日本円の現金やそれに近い形の「無リスク資産」には、額面割れをするような価格変動リスクがない安定性と引き換えに、その購買力がじわじわと削られていくリスクがそれなりにあることがわかります。

株式などのリスク資産に付随する価格変動リスクと、無リスク資産に付随するインフレリスクはトレードオフの関係にあり、両者のいいとこ取りをしてどちらのリスクも無くすといったフリーランチはありません。自分がどちらのリスクをどの程度取ることができるかに応じて、適切な資産配分を決めるしかないと思います。

ちなみに私はリスク資産の方に95%以上配分しています。現金、預金は当面必要な分だけしか保有していません。無職無収入のリタイア生活者としては、数年に一度の○○ショックで名目資産残高が暴落するリスクよりも、インフレによって資産の購買力が目減りするリスクが具現化することの方が被害甚大だと思っているからです。

関連記事:
Kotaroさんのブログより。 定期預金でセミリタイア後のインフレは怖くない インフレになって、「預金金利 soutai40.com インフレ対策として「1年ものの定期預金」はアリだと思う。 私も7年前に書いた記事では、それに近い考えでした。(関連記事:  預金のインフレ抵抗力 ...
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2017年7月6日

海外生活ネガティブ・キャンペーンでもやってるのかな

前回前々回取り上げた記事も海外生活へのネガティブ成分多めでうんざりしましたが、さらに露骨なのがありました。
「世界一の屋台街」(米CNN、2016年)として知られるタイの首都バンコクから屋台が消える――。今年末までに、衛生と秩序の両面から、バンコク首都圏庁(BMA)がバンコクの主要な道路から食べ物を販売する露天商を退去させると発表した。
jbpress.ismedia.jp
確かに物価は上がっているのでしょうが、いくらなんでも誇張しすぎでは…。しかしツイッターの反応を見るとなぜか信じきっている人が多数。そんなメディア・リテラシーで大丈夫?

バンコクでもお馴染みの和風居酒屋や和食レストランでも、お酒が入ると1人当たり平均、2000~3000バーツ(約7000円から約1万円)もする。

日本では“飲食店の二極化”で激安傾向がさらに進む中、「日本より高くなってしまった」(日本人リタイア高齢者、日系企業駐在員)というのが実情だ。
海外の和食レストランと日本の激安チェーン店を比較して「日本より高くなってしまった」とか何の冗談? 日本より物価の高い国なんて数えるほどしかないのに、タイがその一つとかあり得ないです。現地の生の声を聞いてみましょう。

真実を知るにはもちろん実際に現地へ行ってみるのが一番ですが、それができない場合はせめて現地にいる人、現地に行ったことがある人の声を直接聞くようにしたいですね。今の時代はマスメディアを介することなくそれができるのですから。

新聞や雑誌などの旧メディアならともかく、ネット上においてさえも今だに職業ライターが会社の権威を笠に着て発信する記事の方を選好したり信用したりするのは、非常にもったいないことです。やはり日本は権威主義的価値観が根強いからでしょうか。

私の感覚では、職業ライターが生活のために書いている記事よりも、個人が趣味で書いているブログやツイートの方が、遥かに信憑性が高いと思います。たとえば海外の物価なら、実際に世界各国を放浪しているしんさんのツイートが秀逸です。
ちなみに私も海外生活の可能性は常に視野に入ってますが、あくまでも株価が暴落してリタイア資金がショートしそうになった場合のセーフティーネットの一つという位置付けです。先人たちのお陰で、日本より物価の安い国がまだまだ沢山あることを知り、たいへん助かっています。

2017年7月2日

早期リタイアは「贅沢」なのか?

前回取り上げた記事の後半部分です。
今すぐに会社を辞めて、一生のんびりと暮らしたい。だが完全にリタイアする金はない。そんな人が選ぶのが、物価の安い東南アジアでの暮らしだ。
www.mag2.com
2000年の半ば頃、「タイで外こもりをしよう」と煽っていた人物がいた。外こもりに関しての著書も出していた人物だ。
これは安田誠さんのことでしょうか。
関連記事:
皮肉にも出版直後に著者の安田誠氏が殺害されたことで、ちょっとした人気本になっているようです。そういう不純な(?)人気を差し引いても、外こもり生活のハウツー本としてなかなか優れた内容の良書だと思いました。 「外こもりってなに?」という人はいきなり本書を読むのではなく、 『日本を降り...
yumin4.blogspot.jp


この人はタイで暮らす他人の金までFXで運用して吹き飛ばして、怒り狂った2人の男に殺された。
殺人の動機は怨恨でしたか。てっきり安田氏の資産を狙った犯行だと思ってましたが。

アーリーリタイアして「東南アジアで暮らしながらFXで金を稼ぐ」というアイデアは多くの働きたくない30代、40代を惹きつけたが、そのほとんどは成功していない。
そりゃそうでしょうね。FXやデイトレのようなゼロサムゲームで金を稼げると考えるほうがどうかしています。

2011年7月7日の朝日新聞は、現地の妻に現金も貴金属もすべて持ち逃げされ、不動産は借金の担保として入れられて取られた49歳のアーリーリタイアした日本人男性を取り上げていた。

彼は充分な資産があったが、何もしないうちにフィリピン妻に一切合切を持ち去られてしまったのだ。
充分な資産がある日本人男性が現地で妻を娶ってしまう…。これをカモネギ行為と呼ばずして何と呼びましょう。孤独耐性の低い人は、この男性を反面教師にして自分のトラップ回避術を磨けばいいんじゃないですかね。

男性に限らず、日本ではサッパリだった人が海外に出ると急に異性にモテたりする現象は、明白な危険信号です。

資本主義の社会の中で「稼ぐのを止める」というのは、よほどの資産がない限りは許されない贅沢であると考えるべきだ。
いやいや、そうやって無駄にハードルを上げなくてもいいのでは…。泳ぐのをやめると死ぬマグロじゃあるまいし。

生涯支出を上回る資産を先に稼いでしまえば、誰でも「稼ぐのを止める」ことは可能です。資本主義社会では許されないというのも真逆で、私有財産権が尊重される資本主義だからこそ、過去の稼ぎの一部を保存しておいてあとで使うこともできるのです。共産主義社会で同じことができるとは思えません。

第一、必要な分だけ稼ぐ生き方を「贅沢」と形容するのは、贅沢の意味を履き違えていると思います。
ぜいたく【贅沢】とは。意味や解説、類語。[名・形動](スル)1 必要な程度をこえて、物事に金銭や物などを使うこと。金銭や物などを惜しまないこと。また、そのさま。「贅沢を尽くす」「贅沢な暮らし」「布地を贅沢に使った服」「たまには贅沢したい」2 限度や、ふさわしい程度をこえること。また、そのさま。「贅沢を言えばきりがない」「贅沢な望み」[派生]ぜいたくさ[名]ぜいたくざんまい【贅沢三昧】贅沢のしほうだいをすること。「贅沢三昧に暮らす」ぜいた... - goo国語辞書は27万語以上を収録。政治・経済・医学・ITなど、最新用語の追加も定期的に行っています。
dictionary.goo.ne.jp
1 必要な程度をこえて、物事に金銭や物などを使うこと。金銭や物などを惜しまないこと。また、そのさま。
必要な程度をこえてもまだ金を稼ぐのを止めない生き方の方こそ「贅沢」なんです。必要以上に金銭や物を使わない節約系早期リタイアは、その対極に位置しています。

2017年7月1日

そのリタイア失敗はメンタルの問題?

MONEY VOICEとかいうサイトにこんな記事がありました。
今すぐに会社を辞めて、一生のんびりと暮らしたい。だが完全にリタイアする金はない。そんな人が選ぶのが、物価の安い東南アジアでの暮らしだ。
www.mag2.com
たしかに数多くのリタイア事例の中にはこういう失敗例もあることは事実なんでしょう。成功例だけでなく失敗例も事実として知っておいて損はないと思います。

しかしこの記事では失敗例を針小棒大に一般化し、凡人がリタイアを志向すること自体が間違っているとでも言いたげな論調に終始しているので、大きな違和感があります。

人々がアーリーリタイア組を羨ましいと思っても、自分がそれを実行できないのは、「リタイアする金がない」ということに尽きる。
そう、これは正しい。
そこで思考停止せずに、「リタイアする金がある」と言える状態になるためにはどうすればいいのか、前向きに考えればいいのです。

いくらあればアーリーリタイアできるのかは人によって違う。自分が今何歳なのか、家族がいるのか、リタイア後にどんな生活をしたいのかで、まったく違ってくる。
これも正しい。
人それぞれに異なるであろう必要資産額を他人と比較しあうのは無意味です。関連記事:
読者の方から次のような質問のメールをいただきました。 遊民さんは、何歳で、幾らの資産を持って早期リタイアを成し遂げたのですか?また月々の生活費の内訳や一日のタイムスケジュール等、可能でしたら今後の参考にしたいと思いますので、ご教授の程よろしくお願いします。 おそらく他の読者の方も...
yumin4.blogspot.jp

しかしその直後に、
ただ年間300万円程度の生活を延々と続けるのであれば、1億円程度あれば何歳でアーリーリタイアしても問題ないと一般的には言える。
結局300万円、1億円といった絶対額を持ち出してきて「問題ないと一般的には言える」と書いてあって、なんでやねんとツッコミを入れるしかありません。

「仕事もしないでのんびり暮らす」ことの、本当の怖さ

東南アジアでは、1000万円や2000万円程度の貯えでアーリーリタイアする人たちも多い。タイでもフィリピンでも、そうした人たちが大勢いる。しかし、ほとんどが10年どころかほんの数年ももたないことがよく知られている。

アーリーリタイアは表面的には幸せに見えるのだが、資金が足りないアーリーリタイアの場合、精神的にどんどん追い込まれていくのである。特に海外アーリーリタイア組はそうだ。
「資金が足りないアーリーリタイア」ってしれっと書いてますが、前述の「リタイアする金がない」(本来はリタイアできないはずの)人がリタイアしている事例がここで唐突に登場します。リタイアする前から資金が足りないことがわかっているのなら破綻は必至であって、「精神的に」ではなく「物質的に」追い込まれてますよ既に。

彼らの失敗の原因は海外のせいでもなければメンタルの問題でもなく、ましてや「仕事もしないでのんびり暮らすことの本当の怖さ」でもなんでもありません。ただ「リタイアする金がない」ことに尽きます。

すべてのアーリーリタイア組に言えるのは、貯金を取り崩して生きることに対する底なしの不安感や焦燥感である。
この文脈でこれを書くってことは、「貯金を取り崩して生きる」=「資金が足りないアーリーリタイア」みたいな決めつけ、先入観があるように見えるのですが…。それとこれとは別です。

計算した結果資金が足りているなら「物質的」には問題ありません。それでも貯金を取り崩して生きていくことに不安が付き纏う場合に初めて「精神的」な問題へと切り分けられます。

ここでどうしてもメンタル面を克服できない人は不労所得とやらの獲得に精を出すことになるわけですが、私の場合は不安耐性が高いせいか、「不労所得?なにそれおいしいの?」状態で何の問題も無くリタイア生活を送っております。関連記事:
世の中には「不労所得でリタイアしよう!」みたいな怪しい話がそこら中に転がっていて、リタイアするためには労働所得の代わりに「不労所得」というものを手に入れることが必須であるかのように思われているかもしれません。 しかし、リタイア後の生活費をすべて不労所得で賄う必要はありません。 資...
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長くなってきたので続きは次回。