2013年12月28日

『企業が「帝国化」する』 松井博 (著) その1



Kindle版


2009年4月、私は不況のまっただ中に、社内の政治闘争に疲れ果ててアップルを退職することになりました。アップルを辞めて気が付いたこと、それはアップルのような企業の中枢に勤めるごく一部の人々が消費や生産の仕組みを創り、そうした仕組みの中で、選択の余地もなく消費せざるを得なかったり低賃金であくせくと働かざるを得なかったりする人がたくさんいることでした。
なるほど、確かに資本主義経済下で企業に莫大な利益をもたらす「仕組み」が存在することは否定しません。しかし、その仕組みの中に取り込まれることを選んだのは他ならぬ消費者や労働者自身です。企業は自社の商品やサービスを買うことを誰にも強制していないし、提示された条件であくせくと働くことを誰にも強制していません。なので、「選択の余地もなく~」という表現は違うと思います。

そして格差問題が単なる収入の差などではなく、企業が最大限の利益を追求する中で発生する「副作用」であることを実感し始めたのです。またこうした問題に対して国家がほとんど無力であり、自分たち自身が無関心でいると、生活そのものを根こそぎコントロールされてしまうことが分かってきました。
このような著者の現状認識に基づいて、無力だと言う国家とは対照的に強大な力をもつ企業の「帝国化」という表現が本書のタイトルに選ばれたのでしょう。しかしながら、本書全体に散見される「グローバル企業=悪の帝国」とでも言わんばかりのネガティブな論調には違和感を覚えます。

ところで国家ってそんなに無力ですかね?
(憲法に抵触しない)法律さえ作れば、国民や企業に何でも強制できるのですよ。たとえば私有財産への課税はごくありふれた国家権力の行使ですが、嫌がる国民から無理やりお金を搾り取ることが許されています。

資本主義を支える基本ルール(契約自由の原則など)が維持されている限り、民間企業がどれだけグローバル化、巨大化しようとも、嫌がる国民から強制的にお金を搾り取ることはできません。企業よりも国家の方がはるかに強大な権力を持っていることは今も昔も変わらないと思います。

iTunesは他社のMP3プレーヤーをサポートしていないため、たくさんの楽曲を買ってしまうとなかなかほかのMP3プレーヤーに移れなくなってしまうのです。
(中略)
こうして中学生ぐらいからガッチリと「アップル漬け」にする仕組みが出来上がりました。
アップルに限らず他の企業でもやっている囲い込み戦略ですね。消費者には、嫌ならアップル製品は使わないという選択肢が常に用意されています。囲い込み戦略は採用せずにオープンな規格で勝負しているメーカーはいくらでもあります。もっと消費者が賢くなり本質を見抜く眼を養えば、品質は劣るのに販売戦略だけは熱心なメーカーの製品は次第に市場から淘汰されていくでしょう。たとえば日本企業ではソニーが一時期露骨な囲い込み戦略を採用していたようですが、現在業績や株価が低迷しているのは偶然ではない気がします。
消費者は搾取される無力な存在などではなく、大企業の命運さえも左右する力を持っているのです。

いま享受しているデジタルライフは好むと好まざるとに関わらず、アマゾンやグーグル、あるいはアップルなどの「帝国」に依存せざるを得ないのが21世紀を生きるわれわれの新しい現実です。
確かにアマゾンやグーグルのサービスは私も頻繁に利用しています。他社のサービスより優れているからです。
「依存」というのは、もしそれが無くなれば目的が達成できなくなるような関係です。仮にアマゾンやグーグルのサービスが終了した場合、代わりに他社のサービスを使えばいいだけで、私もつい最近、愛用していたGoogle Readerが終了したのでFeedlyに乗り換えるという体験をしたばかりです。
「依存せざるを得ない」という表現は現実を正しく捉えているとは思えません。

(つづく)

2 件のコメント:

  1. 「2020年資産運用の旅」管理人のnantesです。
    本年も相互リンクで大変お世話になりました。
    貴ブログからのアクセス、好調です。
    来年もよろしくお願い致します。
    良いお年をお過ごしください。

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  2. 消費者は搾取される無力な存在などではない
    まったくそのとおりだと共感しました
    この著書は実例も豊富で、思索も素晴らしいのですが
    供給側の視点が強調されすぎている感じを受けました

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