2010年9月23日

『 働かざるもの、飢えるべからず。』 小飼 弾 (著)



著者本人の紹介記事はこちら。
404 Blog Not Found:紹介 - 発売開始 - 働かざるもの、飢えるべからず。

本書で扱う命題は、ただひとつです。それは、社会は人のためにあるのであり、人が社会のためにあるのではない。
ということです。
その通りですね。

残念ながら日本では、
働かざるもの、食うべからず

これはすなわち、社会のために犠牲を払ったものだけが、社会から糧を受け取る資格があるということです。あまりに当たり前に聞こえるこの標語ですが、もしこれが正しいとすれば、人は社会のためにあるのであり、社会が人のためにあるのではないということになります。
こちらの考え方に支配されている人の方が圧倒的に多いように見えます。

人というのは生きていくのに必要なものをいっさい作っていません。作るのはあくまで植物であり、環境であり、自然であって、人はその上前をかすめているだけです。
(中略)
なにかを作ることを「働く」というのであれば、人はその意味では、いっさい働いていません。
(中略)
人は「母なる自然のすねをかじっている」だけ。「働かざるもの、食うべからず」が真理だとしたら、自然はとうのむかしに人類を餓死させていたはずです。
自然曰く「人は働いたことがない」。まずこのことを素直に認めましょう。
人の生産活動を突き詰めて考えていくと、こうなりますか。今までまったく考えもしなかった物の見方に、目から鱗が落ちました。

「お金持ちが使い切れなかった富を死後に還流してもらう」というのは、別の言い方をすると「相続税100%」です。現在、亡くなるお年寄りが使いきれずにつぶす財産が年間約80兆円あります。この遺産を社会の構成員に還元するシステムを作ればいいわけです。
1年間に亡くなるお年寄りの数をざっと100万人として、一人平均8000万円ですか。お年寄りはなぜこんなに多額の遺産を残すのだろうと、いつも不思議に思います。
その理由は結局これですか。
三途の川の向こうには持っていけませんから、死ぬときにゼロになるような使い方が、理想的なお金を使い方といえます。しかし、なぜお金を手放せないかというと、みんな「いつ死ぬかわからない」からです。
それにしても残す額が多すぎやしませんかね。いつ死ぬかわからないリスクをある程度ヘッジしてくれるはずの公的年金制度が信頼されていないからでしょうか。

相続税100%というのは、お年寄りが溜め込んだお金を生前に使い切るインセンティブを与える点でも、優れた発想だと思います。

いまこの不況下の解決策として「労働生産性を上げる」ということを言っている人たちがいますが、それは自分がなにを言っているのかわかっていないのです。失業対策なら「労働生産性を上げる」ではなく「働く時間を減らす」ほうが有効です。
確かに。労働時間はそのままで労働生産性を上げたら、ますます仕事の量が減りますから。
早期リタイアは「働く時間を減らす」究極の形なので、かなり有効な解決策ですね。

「努力は報われません」と、まず言わなければいけません。努力が報われる世の中はもう終わりました。
だそうです。
もう終わったというより、最初からそんな世の中じゃなかったような気もしますが。
努力教の人たちというのは、お客の立場に立っていません。「努力が報われない」と言う人がお客になったとき、「じゃあ、あなたは売っている人の努力の結果でそいつからものを買うの?」って聞いたら、やっぱり「YES」とは答えられないのです。
まあ、当然買いませんよね。そんな基準では。

いまの老人は若者を事実として搾取しています。搾取しているがゆえに、「若い人に養ってもらっているのに、好きなことをして生きるのはしのびない」という負い目もあります。そんな気持ちを抱えている老後というのは、考えてみればずいぶん暗いものです。
このような控えめな老人は少数派で、多くの老人は、若者から搾取しているという自覚すらないのが現実だと思います。むしろ、どこも悪くないのに病院通いをして健康保険を湯水のように使ったり、払った保険料以上の年金給付を受ける(元を取る)のが当然の権利だと思っているフシがあります。

なので、「相続税100%でベーシックインカム導入。生活保護、公的年金は廃止」という政策の実現には、相当高いハードルを乗り越えなくてはならないでしょう。

日本に限らず、田舎っていうのは金持ちになったらリタイアするところです。税金つっこんで過疎化を止めようとしているなんて、日本だけです。

人が救われるのであれば市町村も会社もどんどんつぶせばいい。逆は痛い。
人から収奪した税金で自治体(=社会)を救うなどという発想は、本末転倒ってことです。


後半の第2部は、スリランカ上座仏教長老のスマナサーラ氏との対談で、宗教に興味がない私にとっては正直つまらなかったですが、ところどころ共感できるところもありました。

 私たちの欲望にはきりがないのだから、そんなことは放っておいて、まずは落ち着けということです。いまあるもので幸せだ、と思ったらどうでしょうね。そうすれば問題は一発で解決するんです。
一言で言うと「足るを知る」ですね。
有限な人生の中で無限の欲望は満たせませんから、どこかに線を引いておくのもいいでしょう。

 こんなに豊かなのに皆、将来が不安で仕方ないし、年金が返ってくるかわからないし、いま仕事があるかないかとかいろいろ悩んでいる。不安なまま生きている必要はないし、もったいないと思います。
お金がある人たちが、もっとお金が欲しいというのも面白いですが、もっと面白いのは、そんな人たちはもっと「自分に頑張らせろ」とも言っている。これは、笑っちゃうしかないですね。本当なら、お前の仕事はもう、頑張ることではなくて、もっと頑張り足りない人に譲ることだろうということだと思うのです。
要するに、さっさとリタイアしてその席空けろと(笑)。まあそんな中高年が日本には溢れかえっているようです。

計算してみても、どう考えても、日本では半分ぐらいの人は怠けていてもらわないと、職の数というのが足りません。皆が一生懸命というのは、それはそれでけっこうやばいことなんです。
最近の若者の就職難を見てると、もう十分やばいと思います。

関連記事:
少し前に ホリエモンのブログに面白い記事 がありました。 農業革命で人々は飢えることからある程度開放された。 産業革命で人々は労働時間からある程度開放され、余暇の時間を持つことができるようになった。 実は、多くの人はもう働かなくてもよくなった状態にあるのかもしれない。 でも働かな...
yumin4.blogspot.jp


参考記事:
ベーシック・インカムの導入は可能か? | ホンネの資産運用セミナー
活かす読書 働かざるもの、飢えるべからず。
小飼弾「働かざるもの、飢えるべからず。」を読んで - phaのニート日記

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