2013年10月10日

『「やりがいのある仕事」という幻想』 森博嗣 (著) その3



『「やりがいのある仕事」という幻想』 森博嗣 (著) その2の続きです。

Q 自由時間がありません
「旅行にスポーツ……、やりたいことは山ほどあるのですが、いかんせん時間がありません。無理なく時間を捻出する方法があれば是非教えてください」

不思議な質問だと思った。やりたいことがあったら、どうしてもうやっていないのだろうか。時間がない、という言い訳を考える暇があるなら、やれば良いと思う。(中略)
もし、時間がないからできない、と判断しているのが本当ならば、それは、そうまでしてやりたくないことだといえるから、一所懸命になってやる必要もないと思う。
あまりに突き放した回答になってしまったが、時間というものは本当に限られているから、自分の時間を大切にする姿勢はいつも持っていたい。何故、毎日何時間も電車に乗るのか。どうして、こんなに家族サービスに時間を取られるのか、などなど、当たり前だと思っていることを考え直すのも一つの方法かと。
「無理なく時間を捻出する方法」の回答にはまったくなっていないわけですが、一理あると思います。

たった一度きりの人生には、やりたいと思ったことをすべてやるだけの時間はない、という前提を受け入れることがすべての始まりです。その前提に立たなければ、自分が普段から無意識のうちに優先順位をつけて物事を取捨選択していることさえ気付かないでしょう。だからこんな不思議な質問が出てくるのだと思います。

Q 辞めるに辞められません
「会社を辞めたいけれど、辞められません。マンションのローンもあるし、家族もいるし……。(中略)
私の人生は私のものであるはずなのに、いろんな足枷がついてまわり、人生がちっとも楽しくありません」

少し遅い感じがする。マンションのローンがあるというが、ローンを組むときには、目先の楽しさに目を奪われ、自分に足枷をかけたわけだ。(中略)
少なくとも、自分の人生は何なのか、と考えられるだけでも優位だし、まだまだ望みはあると思う。
大事なことは、今の自分の状況は、全部自分が仕込んだ結果だということである。
ここは完全に同意。
ローンや家族を背負うという選択をしたのは紛れも無く本人の意志です。今になってそれを後悔しているのなら、若さ故の過ちだったということ。過去は変えられないので、同じ過ちを繰り返さないように未来に向かってより良い選択をするしかないでしょう。

こんな突き放したようなことをあっさり書いてしまうから、「難しい人間だ」とか「冷たい人間だ」と思われているようだ。
「難しい」というのは、よくわからない。わかりやすく書いているつもりだからだ。上手ばかり言って、飾った言葉で褒めそやして、そのくせ本当のことをなかなか正直に語らない人が多い。そういう人の方が僕は「難しい」と思う。
それから、「冷たい」というのは、まあ、そのとおりかもしれない。どうしてかというと、温かいことに興味がないからだ。温かい言葉とか、温かい態度とか、そういうものがはっきりいって嫌いである。面倒くさいと思う。「ぬくもり」なんて言葉も胡散臭い。
同感です。
どうせ時間を費やして読むなら、著者のようにわかりやすい言葉でストレートに書かれている本やブログの方がいいと思います。言葉が柔らかいだけで結局何が言いたいのかわからないものは読みたくありません。書いてあることが温かいか冷たいかという基準で良し悪しを判断すべきではないと思います。

(つづく)

1 件のコメント:

  1. >ローンや家族を背負うという選択をしたのは紛れも無く本人の意志です。今になってそれを後悔しているのなら、若さ故の過ちだったということ。過去は変えられないので、同じ過ちを繰り返さないように未来に向かってより良い選択をするしかないでしょう。
    そのとおりです。本人の意思で決めて行動した結果です。でも当事者はその点には触れません。背負っていることだけを後悔して、ラットレース中の人が圧倒的に多いのが現実のようです。
    高等遊民さんのブログ、いつも楽しく拝見させていただいています。
    このブログを読んでいると、後悔する選択肢がどんなものなのかがわかってきます。

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