2009年7月15日

『貧困ビジネス』



以前読んだ『貧困大国ニッポン』と同じ著者です。

貧困層を食い物にする詐欺的ビジネスに引っかからないための注意喚起という意味では、それなりに価値のある内容だと思います。本書に出てくるいろいろな事例を見ていると、貧困者をますます貧困にする最大の要因は貧困者自身のリテラシーの欠如に他ならない気がします。まずはそれを補強することこそが重要です。

本書では、貧困ビジネスを次のように定義しています。
「貧困ビジネス」とは何でしょうか? NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長の湯浅誠さんは、「貧困ビジネス」を「貧困層をターゲットにしていて、かつ貧困からの脱却に資することなく、貧困を固定化するビジネス」と定義しています。
本書では、湯浅誠さんの定義をもう少し緩めて、貧困層をメインのターゲットにして、短期的な利益を追求するビジネス全般を「貧困ビジネス」と呼ぶことにしたいと思います。
この定義だと普通に健全な経済活動をも包むかなり広い概念になると思うのですが、これらを一概にネガティブな視点で捉えて、ビジネスの存在自体を問題視する本書の傾向には違和感が残ります。

最も良くないのが、
 カビなどが生えて食用には使えないはずの「事故米」が学校の給食やお酒などに使われていたことが明らかとなっており、現状の検査体制は必ずしも万全といえず、今後は検査体制の強化が望まれます。
 今後は、個室ビデオ店やネットカフェ、カラオケ店、マンガ喫茶といった個室型店舗の業態について、個別店舗の営業実態を明らかにするとともに、なんらかの規制をかけて、安全面での行政指導を徹底していくことが不可欠といえるでしょう。
 筆者自身は、商品の安全性の問題について一番大きな責任があるのは政府だと考えています。
このように、お上に何とかしてもらうことばかりを訴えている点です。
これではむしろ逆効果ではないかと。お上が「安全、安心」のためという大義名分を振りかざして余計な規制強化ばかりするから、この国の経済活動の効率が阻害され、あらゆるモノやサービスがどんどん高コストになり、その結果として低コストな生活を選択する自由が奪われ、貧困者はますます貧困になるのです。

『「知の衰退」からいかに脱出するか』より、大前研一氏の言葉を再度引用しておきます。
 こうしたことを考え合わせると、日本の消費者は ”自分で考える” ということを放棄し、安全をすべて他人任せにしているということである。さらに言えば完全に「お上頼み」にしてしまい、その政府は「規制は任せろ」とばかりに、消費者庁の設置まで突き進んでしまうのだ。これは消費者団体と弁護士を喜ばせるだけの組織である。
しかしそれが、どんなに「コスト高」を招くか考えたことがあるのだろうか?

2009年6月29日

『今こそ知りたい資産運用のセオリー』



良書か悪書かと言われれば良書の方になることは間違いないのですけど、アマゾンに5つ星のレビューばかり並んでいるのを見ると、いかにも過大評価だなあという気がします。

賢明な投資のための指針
①投資・金融商品を含むあらゆるセールスマンは投資家(ユーザー)の利益のためではなく、自身の販売利益のために働いていると肝に銘じよう。
②年率1~2%程度のコスト格差でも長期では大きな相違になると認識しよう。
③株式投資はTOPIX(米国ならS&P500など)のETF、もしくは手数料の安いインデックス投資信託を主体にすえよう。
異議なし。
市場全体に投資すれば、短期的な損益の変動はあっても、長期で保有すれば必ずプラスの投資リターンが得られる。そういう資産を購入することを投資と呼ぶ。
投資とギャンブルを区別する視点としては正しいのですが、「必ずプラス」は言い過ぎで、ここは「期待リターンがプラスである」と言うべきです。

株式市場の変動性(ボラティリティ)の推移については、
2008年10月の暴落まで含めて計算しても、2000年代に株価の変動がより激しくなっているという傾向は、日米ともに確認できない。株式市場は昔からこのぐらい移り気に激しく変動していたということだ。
と述べています。
90年代の米国市場のボラティリティが総じて低い上に右肩上がりで、「株式投資の黄金時代」だったため、その後の10年が悪く見えてしまうだけではないかという分析は妥当だと思いました。

本書で残念なのは、
 それでも日本の株価全体が90年代以降右肩上がりの成長をせずに、これまでのところ上下動を繰り返しているのは事実であり、単純に株価指数連動の投信やETFを買って保有していてもあまり高いリターンは望めそうにない。その点を何とかする工夫はないだろうか?
(中略)
景気の悪い時に買い増す、景気の良い時に売って投資持ち高を減らすという単純な原理を貫けば良いと考えている。
このように変な色気を出してタイミング戦略を語り始める点でしょうか。こういう余計なことがあちこちに書いてあるため、情報を正しく取捨選択できる人にしかお勧めできない本と言えるでしょう。
インド、中国、ブラジルなど途上国への投資を多少持っているのも良いかもしれない。ただし、どういう金融資産を持つかで差が出る。途上国の長期的な成長率の高さに投資するならば、株式に投資すべきであり、多少金利が高いからと言って確定利回りの債券投資をするのは誤った選択である。
同意します。その理由としては、
高金利通貨に長期的に投資しても、高金利通貨は高インフレ通貨なので、長期的には高金利通貨の為替相場は購買力の減少に見合って下落する。その結果、外貨ベースの金利は高金利でも長期的には高金利通貨の為替相場の下落で、金利差分が相殺されてしまう。
ということに尽きます。
いわゆる「スワップ派」のFX投資が流行っていた時期もありましたが、スワップ収入によって期待リターンがプラスになるわけではなく、長期で円売りポジションを持ち続けたとしても結局はゼロサムゲームに参加していることに変わりはないのも、これと同じ理由からです。
興味深いことに、日本の投資家は機関投資家も個人投資家も含めて総じて利率で示されるインカムリターンの高さに惹かれ、キャピタル損益に関する判断は二の次におかれる傾向がある。1980年代以降繰り返されてきた高金利通貨への投資ブームなどは、まさにそうした傾向の産物で、2004年頃から急増した高配当・毎月分配をうたう外貨投資信託のブームはその典型である。
このような非合理的なバイアスの存在を巧みに利用したボッタクリ金融商品には、くれぐれも引っかからないようにしたいものです。

なお、本書では、以前当ブログでも記事にした『サブプライム後の新資産運用』に書かれている
「ある国と日本の成長率の差が広がる傾向にあれば、ある国の通貨は日本の通貨の価値よりも高くなる傾向があります」
という一見もっともらしい説明を、トンデモ論であると批判しています。

2009年6月22日

『何のために働くのか』



直接読んだ本ではないのですが、「何のために働くのか? - Blog ’bout Creditcard,E-Money & WebMarketing」 に要点が抜粋されていたので、その部分だけ読んで感じたことをメモしておきます。
世のため人のために何をするべきかという自分の使命や志を考える前に、給料や待遇といった私利私欲を優先して会社を選んでしまったということはないでしょうか?
(中略)
「給料が高いから、あの会社で働こう」というように、いかに金を儲けて、美味しいものを食べるかに苦心しているのが今の世の中です。
それもこれも、すべては道徳の欠如に原因があると私は思います。
世のため人のために何かをしたいというのも、承認欲求や自己実現欲求という立派な私利私欲だと思うのですが・・・。なぜか金銭欲だけをことさら蔑視する人が多いみたいですが、意味のない区別だと思います。

そして、どの私利私欲を優先するかは、個人個人が自分で判断すればよいことです。中には、使命や志などにまったく興味を示さない人もいると思いますが、それも一つの労働観です。道徳や善悪の問題にすりかえてはいけません。
人間の一生なんてはかないものなのです。ある日、気がつけば、もう明日には棺桶に入らなくてはいけない。
本当にその通りだと思います。ある程度の年齢になるまでは、残された時間の短さに気付きにくいのも確かです。
目的もなくただ遊ぶ暮していれば「あぁもったいない人生だった」と悔いばかりが残ります。
いえいえ、そんな暮らしが幸福だと感じる人もいるのです。少数派であることは自覚していますがね。

私に言わせれば、何十年も世のため人のため会社のために自分の時間を犠牲にするような生き方こそ、悔いが残るだろうと。でも自分以外の誰かに、そんな生き方をやめろと言うつもりはないです。

まあ結局は、「何のために働くのか」は人によって違う、というごく当たり前の結論に落ち着きます。これだと本になりませんけど・・・(笑)

2009年6月20日

『弾言』



404 Blog Not Found で有名な小飼弾氏の本です。
切れ味鋭いブログ記事と比べて、かなりマイルドな印象です。その点がやや物足りない気もしますが、彼のブログを面白いと思える人なら読んでみて損はないでしょう。

共著者のITジャーナリスト山路達也氏のことは存じませんでしたが、彼のブログも面白そうなので購読することにします。本書についてはこちらの記事で紹介されています。

共感した弾言。
多くの人が金持ちを目指すことは、社会全体を健全にする
ワーキングプアと言われる人たちは、8時間の労働では十分なお金を得ることができずに、仕事をどんどん追加していきます。要するに、自分の時間を安売りしているんですよ。一番貴重なリソースなのに。時間を取り戻すことは神でも不可能です。
残業に依存するのは、ニコチンに依存するより危険です。
時間がちょっとでも空いたら、本を読め
現代においては、バカであることが罪になってしまった
テレビを見ないことは、禁煙するよりも効果があると弾言します。タバコで縮まる寿命より、テレビで無駄にする寿命のほうがずっと長い。
テレビを消せない人間は、死ぬまで情報弱者である
新聞を読むのは飛行機に乗っている時くらい。自分で取って読むものじゃないですよ、新聞は。
情報洪水に溺れないコツは、一方的に送られてくる「プッシュ型」の情報を一度全部捨ててみることです。
突き詰めて言えば、人生は目標や目的ではなく、過程です。人は何のために生きるのかなんて考え始める人もいますが、そんなのは根源的なようでいて、一番アホな質問。そんなアホなこと考えるから、必要もないのに自殺する奴が出たりします。
利己的=利他的 ⇔ 自虐的
意外に思われるかもしれませんが、金持ちはあまりカネを使わないんですよ。金持ちであることの最大の罪は、カネを使わないことです。
時間というのはどんなにカネを払っても増やせない、最も貴重なリソースだということを忘れないようにしてください。
根源的にモノを所有することはできないのです。なぜかと言えば、人間には寿命があるから。どんなモノでも、せいぜい80年レンタルにしかならないんですよ。
レンタルが終わったら当然返却しなければなりません。では、いったい誰に返すのか?
(中略)
世界から借りたモノは世界に返す方がシンプルでよいのではないでしょうか?
 こうした考え方を突き詰めていくと、「ベーシック・インカム」にたどり着きます。
毎月1人1人に5万円ということは、国民全員で年間72兆円。そんなカネがどこから出るのかと思うかもしれませんが、僕の計算では現在の経済規模でも十分に実現は可能です。
(中略)
相続される金融資産が年間30~40兆円、土地も含めると70兆円規模になります。ぶっちゃけ、相続税を100%、というより社会そのものを相続人にしてしまえば、それで足りてしまうのです。