2020年8月25日

人それぞれ異なるリスク評価を叩き合うのはやめよう


ツイッターより。
あら? 自己防衛おじさんが「自己防衛しすぎじゃね?」とは、これまた奇妙な発言に聞こえます。

確かに、もし私が同じ場面を目撃しても、妙な行動する人がいるもんだなあ程度の感想は持ちますよ。ここまでは彼と同じです。

でも、「正気かよ」「自己防衛しすぎ」は余計なお世話なのでは?

「しれっと席を変える人」は、その人自身の主観的なリスク評価に基づいて行動しているだけです。正気じゃないからそんな行動をしているわけではありません。他人に危害を加えたり、他人の自由を奪っているわけでもない人を、なぜ叩くのだろうと思います。

このツイートを、自分のリスク評価とは逆のパターンに変えてみるとよくわかります。「マスクせずに電車に乗ってきて近くに座る人いるけど、正気かよ。無防備すぎじゃね?」とツイートされたらどう思いますか? 「もちろん正気ですよ。それが何か?」と私なら答えます。

以前の記事でも述べた通り、リスクや便益の評価は人それぞれ主観的に決まるものであって、万人に共通する客観的な基準なんて有るはずがないのです。マスクをすることやしないことのリスクや便益が自分とは異なるからといって、お互いを叩き合うのは不毛の一言に尽きます。

マスクの件に限らず、こういう不毛な叩き合いから始まり、じゃあどちらの評価基準が正しいかを議論して決着つけようじゃないか、みたいな武闘派が世の中には多すぎるような気がします。今回引用したツイートを反射的にRTしてしまった人たちには、武闘派の素養が十分に備わっているのではないかと。

自由主義者の視点からは、人それぞれ自由に行動すればよいだけのことなのに、なにゆえ他人の行動がそんなに気になるのだろうと思います。

参考ツイート:

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