2016年2月23日

生涯現役は最弱の人生設計

橘玲公式サイトより。
週刊誌の記事なので長文ですが、既にツイッターで言及した通り、明確に突っ込みたいポイントが記事の最後の方に出てきます。
それに加えて、ここでは日本人の老後を人的資本から考えてみたい。
(中略)
老後問題の本質は、老後が長すぎることにある。だったら、不安をなくすには老後を短くすればいい。
(中略)
医療技術の進歩と健康志向の定着で、これからは100歳でも元気な老人が当たり前になってくる。そう考えれば、「定年後の悠々自適」は破滅への道だ。高齢化社会の最強の人生設計は、生涯現役(生涯共働き)以外にない。じゅうぶんな人的資本があれば、「国家破産」など恐れることはないのだ。
(中略)
すべての日本人が80歳を過ぎても「活躍」しつつづけることが、ゆたかな未来をつくっていくのだ。
橘さん独特の人的資本論は健在のようですが、「資産防衛術」という見出しからは想像もできなかった、まさかの「生涯現役」で記事が締めくくられているのには驚きました。

人的資本を金融資本と同列に扱う彼の持論には、7年前から一貫して違和感を持ち続けています。
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金融資本があてにならないなら人的資本を最大限活用して補完すればいいという理屈は、両者が同質のものだと思える人なら腑に落ちるのかもしれませんが…。

人的資本からリターンを得るためには、殖やしたくても殖やせない時間という有限なリソースを労働に注ぎ込む必要があるのだから、生涯現役という生き方は最強どころかむしろ最弱の人生設計じゃないでしょうか。生涯現役とは対極の、まったく働かずに金融資本だけで一生遊んで暮らす方こそ、人生の可処分時間が最大化された最強の人生設計だと思います。

それと、「老後が長すぎるので短くすればいい」についても違和感あり。
この記事では「老後」を「リタイア後」と同じ意味で使っているようです。生涯現役なら老後はどこかに消えて無くなるという理屈です。

しかし、人がいつリタイアするかと、人がいつ老いるかは別です。老いる前にリタイアする人もいれば、老いてもリタイアしない人もいます。リタイアを遅らせれば現役生活が延びてリタイア生活は短くなりますが、それとは無関係に肉体的・精神的な老いは容赦なく進行し、平等に「老後」を迎えます。生涯現役とは老後も働き続ける人生設計にすぎません。

老体に鞭打って働くことが最強ですか? そこまでして得られるものは何でしょうか。経済的に破綻する確率が限りなくゼロに近付くという安心感ですか? それはゼロリスク症候群という名の病気かもしれませんよ。

人生には経済的リスクだけではなく、時間的リスクもあります。人生の可処分時間が足りなくなるリスクを度外視して、経済的リスクだけをゼロに近付けようとする戦略で本当にいいのでしょうか。
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2 件のコメント:

  1. スナフキン2016年2月24日 1:00

    私も遊民さんと同じ側の人間だけど、日本人の大多数が株式、為替、不動産等の所得を十分持っているわけではないと思いますし、給与所得で得た収入を節約することによって、定年退職で隠居もしくはアーリーリタイアできるわけはないと思いますよ。
    そもそも「臆病者のための」というタイトルが掲げられているじゃないですか。
    この文章で想定している主人公は、「投資をできず、給与所得に依存している臆病者」なんですよ。
    日本経済をマクロで捉えた場合、高齢者世代の中で「生涯現役」が多数派に近づく時代が来ると思いますし、もしそうでなく、高齢者世代の年金依存者や生活保護受給者が多数派という時代が続けば、いつか日本経済は財政破たんするんじゃないかと思います。
    「高齢化社会の最強の人生設計」という言葉の揚げ足取りをしていらっしゃいますが、そりゃあ生涯一度も働かない人もいるくらいなんですから、あらゆる日本人を想定した言葉であるわけはなく、本当の意味での「最強」じゃないですよ。
    あくまでも「臆病者にとっての最強の人生設計」です。
    「『臆病者』は生涯現役で働くことになります。それが嫌なら私の著作物を読んでください。」という感じじゃないかと思います。
    橘氏の真意を理解できれば、まったく別の感想を持つのではないでしょうか?

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  2. Billyと申します。以前からブログを楽しく拝見しています。
    私ごとですが、先週はじめ、47歳でセミリタイアしました。完全なリタイアは来年になる予定です。このような決断をするにあたって、遊民さんのブログは大いに参考になりましたし、また、背中を押してもらえたと思っています。心より御礼を申し上げます。
    さて、橘さん、どうしちゃったんでしょうね。
    「すべての日本人が80歳を過ぎても「活躍」しつつづけることが、ゆたかな未来をつくっていくのだ」って、あれれ、これ本当に橘さんですか? 途中から森永卓郎さんの原稿が混ざっちゃってませんか?
    「私たちもできれば若いうちに経済的独立を達成できるよう、人生設計を組み直す必要があります」と以前著書では述べていましたが、今回は、「不安をなくすには老後を短くすればいい」。ちょっと破たんしていますよね。
    スナフキンさんのご意見も理解はできますが、そのように解釈するには、読み手が相当好意的に論理を組み直す必要があり、それでは、プロの作家としては失格では? と感じました。
    橘さんは、卓越した視点でデビューを果たしたものの、そのような新しい発見をし続けることができず(まあ、普通は無理ですよね)、他のほとんどの作家と同じように、焼き直しや、あるいは、目を引きやすい極論によってしか文筆活動を続けられなくなってしまったのかな? と、初期からのファンとしては残念に思っています。
    ただ、遊民さんが何度も指摘している、「人的資本は債券ではない」という論点に関しては、さほど目くじらを立てなくてもいいのでは? と思っています。これは別に橘さん独自の論理ではなく、一般的なもので、要は、サラリーマンにとって人的資本は、値動きの安定した債券に似ているから、それを踏まえた上でアセットアロケーションを組みなさいよ、という文脈で使われており、人的資本が債券であると言っているわけではないように思います(そして、ご指摘の通り、もちろん両者はまったくの別物です)。
    生意気なことも申しましたが、何卒ご容赦を。
    今後の更新も楽しみにしています!

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