2019年6月25日

バグだらけの社会制度の中で安心して暮らせる?

ツイッターより。

確かに今まではそうでした。

たとえば年金制度のバグは強烈で、今の60代以上の人たちは、ただ制度に乗っかっているだけで労せずして自分が負担した以上の給付を受けることができます。持続可能性を考えたらそんなに大盤振る舞いできるわけがないのに、もともと人口が増え続ける前提で設計された制度がほぼそのまま残っているからです。

確かに今までの年金受給者たちは「幸運」かもしれません。しかしその幸運は、後続世代の「不運」の上に成り立っている、政府による人為的な差別によるもので、社会の豊かさとは関係ありません。


概ね同意。

多くの人がバグを利用できないのは善人すぎるからではなく、単に無知であるのと、知ってたとしてもバグを利用するには多大なトレードオフを伴い、自分のライフプランに適合しないからじゃないですかね。

以前の橘氏なら、まだ多くの人が知らないバグを広く知らしめることによってそのバグが修正される方向へ追い込めると考え、実行していたと記憶していますが、最近はどうも、(知らない人を養分にして)知っている人だけが得をすればいいじゃん的なスタンスに変節してしまった感がありますね。

それならそれでべつに構いませんが、ほんと奪い合いのゼロサム・ゲームを推奨しているだけなので、特に若者にとっては夢も希望も無い話に聞こえるんじゃないですか。日本というバグだらけのシステムの中に留まる限り今後も奪われ続けるだけの人生が待っている、と言ってるようなものですから。

奪い合いによって豊かになろうと考える人が溢れる社会では、いつなんどき自分の資産が奪われるかわかりませんから、「安心して暮らす」ことなど不可能だと思います。それよりも、何かを生産して交換しあうことによって豊かになろうと考える人が溢れる社会のほうが、遥かに希望に満ちていて安心して暮らせるのではないでしょうか。

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