2019年6月10日

パターナリズムの危険性

よよよさんのブログより。
こんにちは、社会派ブロガーです 【年金返せデモ 告知】日時: 6月16日(日)場所: 日比谷公園 14時出発(集合・コース詳細は近日)5月22日に金融庁審議会で出された、少子高齢化や非正規雇用の増加で政治の年金支給が困難となり、将来的に国民に自助を求める報告書案に反対したいと思います。#0616年金返せデモ #0616年金払えデモ pic.twitter.com/aU7UTiuNPl— payitup2019 (@payitupdemo) May 30, 2019 最近は「年金に頼らず自助努力して欲しい」と国が言ったとかで、デモが起きるほど年金への不満が高まっているらしい…
jinseiyoyoyo.hatenablog.com
「自助努力して欲しいなら年金の強制徴収をやめろ!年金や税金の支払いがキツくて貯金できないんだよ!」
というものがあったが、年金払うと自助努力が無理というぐらいの身分ならなおさら年金は払ったほうが良くないか?
私は前者の方が至極真っ当な意見だと思いますが、後者が正しいと思う人もいるでしょう。人それぞれです。

ここで大事なのは、それを判断するのは本人であって他人ではないということです。どういう「身分」の人間であろうと関係ありません。

年金返せ!と言うほど切羽詰まってるなら年金返ってきても手元にあったら使っちゃう人だろ

そんな人達が年金もなく老後を迎えるほうが問題だよ なおさら強制徴収で正解
このような、本人のためになるのだから本人の意思に反していても強制すべき、という思想を「パターナリズム」と言います。

参考記事:

政府のパターナリズムに従順な生き方をしている人の口からではなく、よよよさんのようにセミリタイアという自由な生き方を選んだ人の口から、こうもナチュラルに「強制徴収で正解」なんて言葉が出てくるとは思いませんでした。非常に不思議かつ残念なことだと思います。自分の自由を侵害されたくなかったら他人の自由も侵害してはいけない、という考え方は、誰もが納得できる大原則だと思っていたのですがね…。

「自分の自由を侵害することは許さないが、他人の自由は侵害してもよい」というのは筋が通りません。もちろんこの文脈での自由とは消極的自由のことなので、自分の自由と他人の自由は衝突せずに両立します。

「他人の自由を侵害してもよい」は「自分の自由が侵害されてもよい」と等価であることに、なぜ気付かないのでしょうか。

今回はたまたま、公的年金への加入が自分の意思と一致していたから強制されても害が無かっただけのことで、そういう自分本位な基準で政府による強制を支持するようなマネをしていると、マイノリティーの自由は奪われ、じわじわと自分の首も締まっていくことになりますよ。セミリタイアとかいう生き方なんて禁止してもマジョリティーには関係無いので特に危険ですね。自分の自由が奪われる段階になってからやっと気付いても、もう遅いのです。

参考ツイート:

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