2015年11月13日

『20代で隠居 週休5日の快適生活』 大原扁理 (著) その1



20代から既に安定した隠居生活に入った大原扁理さんの本です。

考え方はphaさんと似ている部分もありますが、ライフスタイルはかなり違いますね。大まかなイメージとしては山崎寿人さんの生活をもっとストイックにした感じでしょうか。野草の調理法がイラスト付きで丁寧に書かれているのには驚きました。文字通りの「草食男子」の登場です。

週2日は介護の仕事で月収7~8万円とのこと。知る人ぞ知る理想の年収に収まってそう。

p.4
 ところで私は、どこにでもいるフツーの人と同じで、ITや株などの特殊能力も持ち合わせていないし、宝くじが当たったこともないし、親の遺産もありません。不労所得はゼロです。
それでも隠居できちゃったんですから、自分が一番びっくりしています。
私もこの条件をすべて満たすどこにでもいるフツーの人ですが、40代でやっと隠居できましたと言ったところで誰も驚いてくれません。
しかしこれが20代でとなるとさすがに衝撃的ですね。

p.4-5
たまに人に会う機会があったりして、「何してるんですか?」とか聞かれるとすご~く困る。
(中略)
「週休5日みたいな感じなので、わりと遊んで暮らしています」とか、「とくに言うほどのことは何もしてません」などと気分で答えたりするので、聞くたびに答えが変わってる……ということになり、結局、「何してるか得体の知れない人」という印象を与えてしまうようです。
私としては、嘘をついているつもりはないのですが。
そのときの反応は十人十色です。
何かを察知してそれ以上触れず、話題を変えてくれる上品な人、さりげなくもっと突っ込んでくる下品な人、見下すような目つきをする人など、いろいろいます。
分かります。
私も「早期リタイアして毎日遊んで暮らしています」とは正直に答えにくいので、いつも適当にお茶を濁しています。

確かに答えにくい質問ではあるのですが、相手の価値観次第で多様な反応が観察できるという意味では、ある種のリトマス試験紙の役割を果たしてくれるQ&Aなのかな、という気もします。こちらが世間体の良い職業に就いていないと見るや、見下してきたり哀れんでくるような相手ならば、付き合っても毒にしかならないと思いますね。

p.5
「お前みたいなのがいるから国力が衰退するんだよ」といった内容のことを、キレ気味に言われることもあります。
うーむ、これは酷い。
いわゆる天然全体主義者ってやつでしょうか。参考ツイート。

幸い私はこういう人と現実に関わったことはありませんが、不幸にも関わってしまった場合は速やかに繋がりを断ち切るのが吉ですね。

(つづく)

2015年11月8日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その8



その7の続きです。

p.118
 なんかそんな風に、お金をかけなくても日常生活の中でやりたいことや面白いことはたくさんあるし、どっちかというとお金よりも時間のほうがやりたいことを全部やるには足りない。だから仕事とかしている暇はない、というのが僕の実感だ。
同感。
過去にも述べたように、人生の時間という希少資源は金融資産とは違って、現在の正確な残高がわからない上に、毎年マイナスリターンになることが確定している特殊な資産なのです。しかも、年齢を重ねるごとにその減少率が確実に大きくなっていく恐怖…。それに比べたら毎年貯金が減っていく恐怖なんて屁みたいなもんです。

p.119
 お金をかけずに生活を楽しむコツというのは一度身に付ければ一生残る資産だ。年をとってからとかお金がギリギリになってから新しいことを身に付けるのは結構しんどいし、人生のうちで早めに身に付けておくことを全ての人に勧めたい。
同意。
変な言い方になりますが、「余裕のある貧乏生活」を一度経験しておくといいですね。これ以下は耐えられないという生活レベルの下限は人によってかなり幅があるので、予めそれを把握しておくことは早期リタイアを計画する上でも重要な作業です。

p.119-120
 お金がなくても楽しく暮らすための心がけとして一番大事なのは、「他人と自分を比べない」ということじゃないかと思う。そして他人と自分を比べなくても平気になるためには、「自分の価値基準をはっきり持つ」ということが必要だ。
同意。
為末大さんが書いていた「幸福の基準を内に持つ」という話とほぼ同じですね。

p.121-122
 ブログを書いていると不特定多数の人が読みにくるので、僕のブログにもときどきよく知らない人(大体ちゃんと文章を読んでいない)が「あなたの考えは間違っています」とか「もっと働いてください」とかコメントをしてくるんだけど、そういうのは全部「あー、あなたの宗教ではそう考えるんですね、僕は違うからよく分かんないけど」って思ってスルーしている。
phaさんクラスの有名人のブログで、いまだにコメント欄が完全オープンになっているケースは珍しいですが、これだけのスルースキルがあればこそできることだと思います。凡人は真似しないほうがいいかも。

p.123
 株とかFXとかは損することも儲かることもあるだろうけど、たとえ儲かってもお金の使い道がないのにさらにお金を増やしても仕方がない気がするし、ゲーム性という娯楽を求めて株やFXをやるんだったら、テレビゲームでもしてたほうが安くて完成度が高くて楽しいんじゃないだろうか。
同感。
資産運用を趣味や娯楽にしてしまうと、合理性よりも楽しいかどうかという感情が優先するのでおかしなことになりがちです。「趣味と実益を兼ねる」のは簡単ではありません。

どちらかと言えば「好きなことは仕事にするな」の法則の方が有効で、趣味と実益は完全に切り離して、趣味はお金を払って楽しむものだと考えるほうが良いと思います。

(つづく?)

2015年11月6日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その7



その6の続きです。

p.114
 僕は本を読むのが好きなんだけど、本はすごくコストパフォーマンスが高い暇潰しだから読書を趣味にするとお金をあまり使わずに済む。
(中略)
図書館の大きな本棚の前に立つたびに僕はいつも、まだまだ読んでない面白い本がこの世界には無数にあってすごく豊かで嬉しいという気持ちと、「これは一生かけても全部読みきれないだろうな……」という悔しい気持ちとを二つ同時に感じて複雑な気分になる。
同意&同感。
本でもブログでも漫画でも何でもいいんですが、興味があることについて読むのはとても楽しいものです。私の場合、ほかに何もやることがなくて暇なときに、何もせずにぼーっとしているか、何かを読んでいることが多いですね。

何もしない時間が無駄だと思う人なら、「暇だ」と思った瞬間にすぐ読み始められるように、常に近くに読み物を準備しておくといいでしょう。この習慣さえ身に付いていれば、暇を持て余すことは無いように思います。それでも暇だって言う人は、おそらく読むこと自体が好きじゃないのでしょう。

そして、膨大な活字の量に圧倒される人生の有限感は、図書館一つあれば十分実感できますね。それに加えてインターネットまである現代は、時間という資源の希少性がさらに際立つ時代と言えるでしょう。

p.115
 読書、将棋、散歩、園芸が趣味だというと、「老人みたい」って言われたりする。自分でも確かにその通りだと思うけど、まあそれでいいんじゃないだろうか。お金がかからなくて面白いものをお年寄りだけにやらせておくのはもったいないし、(以下略)
同意。
老人には老人らしい趣味があって、若者には若者らしい趣味がある、っていう考え方はおかしいですね。何を面白いと思うかはその人の個性であって、年齢は関係ないでしょう。

p.116
 あと何より安上がりな趣味としては、今ではインターネットの存在がすごく大きい。ネットには無料で無限に暇を潰せる面白コンテンツが無数にあるし、友人や知人との繋がりを持ち続けるツールとしても必須だ。
同意。
無職やるのがこんなに楽しいのもインターネットのおかげです。本当に素晴らしい時代に生きていることを実感します。

関連記事:無職の才能 - phaのニート日記

(つづく?)

2015年11月4日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その6



その5の続きです。

p.104
 結局人間にとって一番大事なのは「孤立しないこと」なのだと思う。そのために家族という概念が有用なら家族という概念を使えばいいし、それが他のもので代替できるなら他のシステムでもいい。
その1で書いたことの繰り返しになりますが、「孤立しないこと」が大事かどうかは人によります。「人間にとって」みたいに言われると自分が人間でない気がしてきます(笑)。

p.105
家族でも家族以外でもなんでも、孤独にならないためにありとあらゆるツールを利用して生きていけばいいんじゃないかと思う。
このあたりに書いてあることを読んでいると、本書全体を通じてphaさんが繰り返し「孤独にならない」ことを強調するのは、寂しがり屋だから人と繋がっている方が幸福を感じるとか、そういう性格的な嗜好を満たすと言うよりも、人的なセーフティーネット構築という実利面の重要性を説いている、そちらの成分の方が多めなのかもしれないですね。

p.109
普段の生活の中で「お金があればもっと楽なのになー」という場面は結構あるし、お金があれば人生の大体の問題は解決する。お金は万能で素晴らしいツールだ。
そう、その通りです。
ならば、生きていくために利用する「ありとあらゆるツール」の中に、当然お金も含まれていいことになります。万能で素晴らしいツールなんですから、お金があるなら利用しない手はありません。

そうすると結局、孤立していても生きていけるだけの十分なお金さえあれば、人的なセーフティーネットは特に必要ないってことにもなります。人との繋がりを生存のためのツールとして見る必要が無くなった時に初めて、人は人と繋がることが本当に好きかどうかわかるのではないでしょうか。

(つづく)

2015年11月2日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その5



その4の続きです。

p.064
人間の脳には繁殖を有利にするような行動パターンが遺伝子によって刻み込まれている。例えば性欲や、子どもをかわいいとか育てたいとか思う気持ちなどがそうだ。
だけど人間は、遺伝子に組み込まれたプログラムに従うだけの他の動物に比べてそれほど行動パターンがきっちりと定められていなくて、人生の中でそれぞれがいろいろな変なことをする。
(中略)
人間の行動は遺伝子に全てが決められるのではなくて後天的に受け取る文化などによって形作られる部分がかなり大きい。そうして人間は単にメシを食って繁殖するだけの生き物であることから抜け出して、言語や文化や思想などを作り上げて、他の動物にはできないような複雑な生を生きるようになった。
この特徴こそヒトが高等生物である所以。
逆に言うと、こういった複雑さに乏しく、ひたすら本能の命ずるままに行動することを優先する生き方に、人間らしさは感じられません。

かなり昔の記事で、「単に本能的な欲求を満たすだけの行為なら無いほうがマシ」みたいなことを書いた記憶があるのですが、今でもそう思ってます。
関連記事:
まず著者による「自由」の定義から。  自由というのは、「自分の思いどおりになること」である。自由であるためには、まず「思う」ことがなければならない。次に、その思いのとおりに「行動」あるいは「思考」すること、この結果として「思ったとおりにできた」という満足を感じる。その感覚が「自由...
yumin4.blogspot.com

やはり私の考え方は森博嗣先生とのシンクロ率が高めのようです。

p.065
 遺伝子から見れば、生物というのは遺伝子をコピーして増やすための乗り物に過ぎない。自分を運んでいる生物がどんな生き方をするか、楽しく生きられるかどうかは遺伝子にとってはどうでもいいことだ。
確かにその通りです。
だからこそ、遺伝子に乗り物として利用されるだけの一生なんて御免被りたい、遺伝子の都合ではなく私という個体の幸福を優先させる生き方をしたい、と強く思いますね。遺伝子から見たら、とんでもない変種の個体に乗っかってしまって失敗したなと思ってるでしょうけど。

p.068-069
「宇宙から見ればどうでもいい」という言葉を僕はよく思い出すようにしている。
宇宙の持つ数百億年という膨大な時間と数百億光年という膨大な空間の中では、自分という人間が何をやってどう生きようがケシ粒みたいなどうでもいいことだ。全てはほんの一瞬の些細なことに過ぎない。
同感。良い言葉、良い世界観だと思います。
全てがどうでもいい些細な事であるなら、あれこれ悩まずに自分の好きに生きればよいだけではないかと、非常にシンプルな人生観をもつことができます。

(つづく)