「解決への道」と題している割には、
ワーキングプアに代表される貧困の問題は、グローバル経済が進展する中、世界的な課題になっていること、問題をもはや放置することはできないこと、そして国や自治体それに地域などが主体になって対策をとるべきだという趣旨のありふれた主張を繰り返すのみで、
原因が共通であるのなら、解決のための道筋は、各国の取り組みの中に見出せるのではないか。と言われても、その取り組みというのは試行錯誤の域を出ておらず、私には具体的実現可能性を見出すことができませんでした。
それよりも、現地で取材したワーキングプアの実態のほうが印象に残りました。
韓国が非正規雇用大国であることを初めて知って驚きました。非正規雇用の割合がなんと55%です。韓国企業は「整理解雇法」のおかげで合法的に正社員を解雇し、「労働者派遣法」によって非正規雇用に置き換えることができます。日本の労働者のほうが法的には強固に保護されています。
アメリカのキャンプ場暮らしに転落した46歳の元IT技術者。1千万円近い年収を10年以上稼いでいた(しかも独身?)らしいのに、なぜ資産の蓄えがないのだろうと思いました。この事例は、十分な収入がありながらすべて消費に回して貯蓄をしないという自らの選択が招いた貧困です。
釧路のタクシー運転手も、
「景気のいい頃は、札束を腹巻に入れて、夜な夜な飲み歩いていたね」
などと語っちゃってますけど、そんな浪費をするからそうなるんだよと突っ込みたくなったり、生活保護を受けながら自立支援プログラムで公園の清掃をしているおじさんたちのほとんどが、休憩時間に喫煙しているとか・・・・・そのタバコは他人の血税で買ったんですよね。
このように、経済的弱者というのは、少なからず自分の責任でそうなった人たちがほとんどであるという印象を拭えませんでした。ですから、生活保護などの直接支給的な方法でもれなく救済することには違和感があります。
話が派生しますが、本書にも出てくるような、グローバル経済や市場原理主義こそがワーキングプアの元凶であるというありがちな批判には、いくつかの重要な視点が欠けていると思います。グローバル経済による所得のフラット化に苦しんでいるのは先進国の労働者だけです。数的には圧倒的多数の新興国の労働者は、フラット化によって所得が増えて幸せになっているのです。それでもまだ年収100万円にも満たない労働者のほうがずっと多くて、日本のワーキングプアなどワーキングリッチだと笑われるかもしれません。
また、海外の安価な労働力で生産しているおかげで、我々はこんなにも安くモノを手に入れることができるという事実は無視できません。グローバル経済のメリットはさんざん享受しておきながら、高所得という既得権だけは保護せよと主張することは、筋の通らない我侭だと思います。
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